漢文には、書き下し文では読まない(書かない)のに、ちゃんと意味のはたらきを持っている字があります。これを置き字(おきじ)といいます。代表的なのが而・於(于・乎)・矣(焉・兮)です。読まないからといって無視してよいわけではなく、「順接・逆接」「〜より・〜に」「断定」といった意味を文に与えています。置き字を正しく扱えるかどうかで、書き下し文と現代語訳の正確さが大きく変わります。
ポイントは、読まない=訳さない、ではないということ。置き字は「読み(音)」は省くけれど、「意味」は送りがなや訳に反映させます。まずは下の図解で3グループの置き字をつかみましょう。

置き字とは
置き字は、もともと中国語の文法を支える語ですが、日本語の書き下し文に直すときには読まずに済ませます。ただし、そのはたらきは送りがな(て・して・より・に など)や文末の語気に表れます。置き字には大きく3つのグループがあります。
- 接続の置き字:而 … 前後をつなぐ(順接「て・して」/逆接「しかも・しかるに」)
- 前置詞の置き字:於・于・乎 … 場所・対象・比較・受身を示す(「〜に・〜より」)
- 文末の置き字:矣・焉・兮 … 断定・完了・詠嘆など、文末の語気を整える
接続の置き字「而」
「而」は、前後の語句や文をつなぐ置き字です。読みませんが、つなぎ方によって送りがなが変わります。
- 順接:「〜て・〜して」 … 前のことが自然に後ろへつながる
- 逆接:「〜のに・〜だが(しかも・しかるに)」 … 前後が食いちがう

例文1(順接):学而時習之。
→(書き下し)学びて時に之を習ふ。
→(現代語訳)学んで、しかるべきときに復習する。(「而」は読まず、「学ぶ」に送りがな「て」が付く)
例文2(逆接):人不知而不慍。
→(書き下し)人知らずして慍(いきどほ)らず。
→(現代語訳)人が(自分を)認めてくれなくても、腹を立てない。(「而」が前後の食いちがいをつなぐ=逆接)
順接か逆接かは、前後の内容で判断します。「而」そのものに決まった訳はなく、流れがスムーズなら順接、食いちがっていれば逆接と考えましょう。たとえば「温故而知新(故きを温めて新しきを知る)」は、古いことを学べば新しいことが分かる、という自然なつながりなので順接です。これに対し「学而不思則罔(学びて思はざれば則ち罔し=学んでも考えなければ身につかない)」は、後半が前半を打ち消す向きなので、内容としては逆接的な含みを持ちます。前後がプラスにつながるか、マイナスに転じるかを見れば、ほとんど迷いません。
前置詞の置き字「於・于・乎」
「於・于・乎」は、下にくる語との関係を示す置き字です。読みませんが、訳には「〜に・〜より」などが現れます。
- 場所・対象:「〜に・〜において」 … 問於孔子=孔子に問ふ
- 比較:「〜より」 … 青於藍=藍より青し(前に形容詞がある)
- 受身:「〜に…される」 … 治於人=人に治めらる(前に動詞、下が人)

例文1(場所):千里之行、始於足下。
→(書き下し)千里の行も、足下より始まる。
→(現代語訳)千里の旅も、足もとの一歩から始まる。
例文2(比較):氷水為之、而寒於水。
→(書き下し)氷は水之を為すも、水よりも寒し。
→(現代語訳)氷は水からできるが、もとの水より冷たい。(「於」が比較の「より」を表す)
同じ「於」でも、前に形容詞があれば比較、動詞があって下が人なら受身、それ以外は場所・対象になります。前後の品詞で用法を見分けるのがコツです。
文末の置き字「矣・焉・兮」
文の終わりに置かれて、語気(言い切りの調子)を整える置き字です。読みませんが、断定・完了などの気持ちを訳に込めます。
- 矣:断定・完了(〜してしまった・〜だなあ)の語気を添える
- 焉:断定や「ここに・これに」の意味を含むことがある
- 兮:主に漢詩(楚辞)でリズムを整える。意味はなく訳さない

例文1(矣):朝聞道、夕死可矣。
→(書き下し)朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。
→(現代語訳)朝に正しい道を聞けたなら、その晩に死んでも構わない。(「矣」が言い切りの語気を添える)
例文2(焉):三人行、必有我師焉。
→(書き下し)三人行へば、必ず我が師有り。
→(現代語訳)三人で行動すれば、その中に必ず自分の手本となる人がいる。(「焉」は読まず、断定の語気を添える)
例文3(兮):力抜山兮気蓋世。
→(書き下し)力は山を抜き、気は世を蓋(おほ)ふ。
→(現代語訳)力は山を引き抜くほど、気力は世をおおいつくすほどだ。(項羽の「垓下の歌」。「兮」は詩のリズムを整える置き字で、読まず訳さない)
例文3(受身の於):労力者治於人。
→(書き下し)労力する者は人に治めらる。
→(現代語訳)力仕事をする者は、他人に治められる。(動詞「治」の後の「於」+下が「人」=受身)
もう一歩くわしく――まぎらわしい置き字
① 同じ字でも「読む/読まない」が変わる。 「而」は接続なら読まない置き字ですが、二人称「なんぢ」なら読みます。「乎」は文末の置き字(語気)のこともあれば、「〜か」と読む疑問・反語の助字のこともあります。位置と意味で、置き字かどうかを判断しましょう。
② 「於」は訳に必ず痕跡が残る。 読まないからといって訳でも消してしまうと、「より」「に」が抜けて意味が変わります。たとえば「青於藍」を「青、藍」とだけ訳すと比較が消えてしまいます。「藍より青し」と、必ず関係を示す言葉を補いましょう。
③ 文末の置き字は語気を訳に込める。 「矣」は「〜してしまった(完了)」「〜だなあ」といった断定・詠嘆の気持ちを表します。直訳に出にくいぶん、文脈に合わせて言い切りの調子を整えると、こなれた訳になります。
目印と意味(まとめ表)
| 置き字 | はたらき | 訳のヒント |
|---|---|---|
| 而 | 接続 | 前の語に『て・して/ども』を添える |
| 於・于・乎 | 前置詞 | 場所『に・で』/比較『より』/受身『に…らる』 |
| 矣・焉・兮 | 文末・句調 | 読まない(断定・余韻・リズム) |
例文で確認
- 学而時習之 → 学びて時に之を習ふ (「而」=順接「て」)
- 青於藍 → 藍より青し (「於」=比較「より」)
- 夕死可矣 → 夕べに死すとも可なり (「矣」=断定の語気)
つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「読まない=無視」ではない。 而→送りがな「て・して」、於→「に・より」、矣→断定の語気、というように、意味は必ず訳に出します。
- 「於」の用法は前後で見分ける。 形容詞+於=比較、動詞+於+人=受身、それ以外=場所・対象。
- 「而」を「なんぢ(お前)」と読むこともある。 文頭などで主語として使われる「而」は読みます。置き字(接続)かどうかは位置で判断します。
- 書き下しで置き字を書かない。 うっかり「而」「於」を書いてしまうと減点されます。読まない字は書かない、を徹底しましょう。
入試では「次の文を書き下し文にせよ」という問題で、置き字を正しく省けるかが問われます。また「傍線部の『於』のはたらきを答えよ」のように、用法そのものを問う設問もあります。読まない・でも意味は訳すを合言葉にしましょう。
覚え方のポイント

- 而=接続(順接「て」/逆接「のに」)。
- 於・于・乎=前置詞(場所「に」/比較「より」/受身)。
- 矣・焉・兮=文末(断定・語気/詩のリズム)。
置き字は「読まない3グループ(接続・前置詞・文末)」と覚えてしまうのが近道です。例文を音読するとき、置き字は声に出さず、その代わりに送りがなや「より・に」を意識して読むと、自然に身につきます。
ミニ練習問題(解答つき)
次の各文を書き下し、傍線部の置き字のはたらきを答えましょう。
- 温故而知新。(而)
- 苛政猛於虎也。(於)
- 己矣乎。(矣)
- 知而不行、是不知也。(而)
解答:
1 「故きを温めて新しきを知る」=古いことを学び直して、新しい知識を得る。(而=順接「て」)
2 「苛政は虎よりも猛なり」=むごい政治は、(人を食う)虎よりも恐ろしい。(於=比較「より」)
3 「已(や)んぬるかな」=もうおしまいだなあ。(矣=詠嘆・断定の語気)
4 「知りて行はざるは、是れ知らざるなり」=知っていても実行しないのは、知らないのと同じだ。(而=逆接「のに」)
よくある質問
Q1:置き字と助字はどう違うのですか?
A:「置き字」は書き下し文に書かない(読まない)字(而・於・矣など)です。いっぽう「助字」は、読み方が変わっても書き下し文に読みとして登場する字(之・也・与・為など)です。「読むか・読まないか」が両者の違いです。
Q2:「而」はいつも置き字(読まない)ですか?
A:いいえ。前後の語句をつなぐ接続の「而」は置き字ですが、文頭などで「なんぢ(お前)」という二人称として使われるときは読みます。位置と意味で判断しましょう。
Q3:「兮」が出てきたら、どうすればいいですか?
A:「兮」は主に漢詩(とくに楚辞)で、リズムを整えるために置かれる字です。意味はなく、書き下しでも読まず、訳にも出しません。「項羽の垓下の歌」などに出てきますが、見かけたら「詩の調子を整える置き字だ」と判断すれば大丈夫です。
Q4:書き下しのとき、置き字をうっかり書いてしまいます。コツはありますか?
A:まず原文の中から「而・於・于・乎・矣・焉・兮」を先にチェックして、そこにうすく印をつけておくとよいでしょう。そして書き下すときに、その字は飛ばし、代わりに「て・して」「より・に」などの送りがなや訳を補います。「印をつけた字は書かない」と決めておくと、書きもらしや書きすぎを防げます。
置き字は、否定・受身・比較などほかの句法とも深く関わります。「読まないが意味はある」という性質をつかめば、書き下し文の精度がぐっと上がります。とくに「於」は比較・受身・場所と用法が多く、入試の差がつくところです。本記事の例文を音読し、置き字を省いて書き下す練習をくり返しましょう。仕上げに、下の100問ドリルで定着させてください。
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