1. はじめに ― 「ある人、弓射ることを習ふに」ってどんな場面?
鎌倉時代末期の随筆『徒然草』の第九十二段です。弓を習う人が矢を二本持って的に向かったところ、師匠が「初心者は二本の矢を持ってはいけない」と戒めます。たった二本の矢の話から、「あとがあると思うと、今がおろそかになる。今この一瞬に全力を尽くせ」という人生全体に通じる教訓へと広がっていく、定期テスト頻出の章段です。

2. 原文
ある人、弓射ることを習ふに、諸矢をたばさみて的に向かふ。師の言はく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、初めの矢に等閑の心あり。毎度、ただ、得失なく、この一矢に定むべしと思へ」と言ふ。
わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。
道を学する人、夕べには朝あらんことを思ひ、朝には夕べあらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。いはんや、一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだ難き。
※「諸矢」は「もろや」、「等閑」は「なほざり」、「懈怠」は「けだい」と読みます。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【第一段落】 ある人が、弓を射ることを習うときに、二本一組の矢を手に挟み持って的に向かった。師匠が言うことには、「初心者は、二本の矢を持ってはいけない。後の矢をあてにして、最初の矢にいいかげんな心が生まれる(からだ)。毎回、ただ、当たり外れを考えず、この一本の矢で決めようと思え」と言う。
【第二段落】 たった二本の矢を、(しかも)師匠の前で、その一本をいいかげんにしようと思うだろうか、いや思いはしない。(それでも)怠け心は、自分では気づかないといっても、師匠にはわかるのである。この戒めは、あらゆることに当てはまるにちがいない。
【第三段落】 道を学ぶ人は、夕方には翌朝があるだろうと思い、朝には夕方があるだろうと思って、(その時に)もう一度ていねいに修行しようと心に決める。まして、一瞬のうちに怠け心が生まれていることに、気づくだろうか、いや気づかない。どうして、たった今のこの瞬間に、ただちに実行することは、こんなにも難しいのだろうか。
4. 重要語句・文法のポイント
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 諸矢(もろや) | 二本一組の矢 |
| 頼む | あてにする・期待する |
| 等閑(なほざり) | いいかげんで本気でないこと |
| 得失なく | 当たり外れを考えずに |
| おろかなり | いいかげんだ・おろそかだ(現代語の「愚かだ」とは違う) |
| 懈怠(けだい) | なまけ怠けること(仏教の言葉) |
| ねんごろに | ていねいに・心をこめて |
| いはんや | まして |
文法・表現のポイント
① 「持つことなかれ」の「なかれ」=禁止 形容詞「なし」の命令形で、「〜してはならない・〜するな」という禁止を表します。師匠の戒めの言葉です。
② 「定むべし」の「べし」=意志 直後の「と思へ」と呼応して、「この一本の矢で決めよう(と思え)」という、射る人自身の心づもり(意志)を表します。
③ 「思はんや」「知らんや」の「や」=反語 「〜だろうか、いや〜ない」と訳します。「思はんや」=「思うだろうか、いや思いはしない」。
④ 「なんぞ…難き」=係り結び 「なんぞ(どうして)」が係って、文末が終止形「難し」ではなく連体形「難き」で結ばれています。文末が連体形になる理由を問う問題が頻出です。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじ
弓の初心者が矢を二本持ったところ、師匠は「二本目をあてにして一本目がいいかげんになるから、毎回この一本で決めると思って射よ」と戒めました。兼好はこれを「万事にわたる」教えだと受け止め、道を学ぶ人の修行を例に、「あとでやろう」と思う心が今この一瞬をおろそかにさせる、と論を広げていきます。
主題
怠け心は自分でも気づかないうちに生まれ、師匠の目にはちゃんと見えている——だからこそ、「次がある」と思わず、たった今のこの一瞬に全力を尽くすべきだ、というのがこの段の主張です。その中心は、最後の一文「なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだ難き」に表れています。
背景
『徒然草』は、鎌倉時代末期に兼好法師(けんこうほうし)が著した随筆です。随筆とは、見聞きしたことや感想を自由に書きつづった文章のこと。清少納言『枕草子』(平安時代)、鴨長明『方丈記』(鎌倉時代)と並んで、日本の三大随筆と呼ばれます。文学史問題では、この三作品の作者と時代をセットで覚えておきましょう。
確認クイズ(3問)
Q1. 師匠が「初心の人、二つの矢を持つことなかれ」と戒めたのはなぜですか。
ア 矢が重くなって構えが乱れるから イ 二本では矢が足りなくなるから ウ 後の矢をあてにして最初の矢がおろそかになるから
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正解:ウ 解説:本文に「後の矢を頼みて、初めの矢に等閑の心あり」とあります。「あとがある」と思うと、目の前の一本に対していいかげんな心が生まれるからです。
Q2. 「等閑(なほざり)」の意味として最も適当なものはどれですか。
ア いいかげんで本気でないこと イ 心をこめて大切にすること ウ 強く期待して頼りにすること
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正解:ア 解説:「なほざり」は「いいかげんだ・本気でない」という意味です。「初めの矢に等閑の心あり」=「最初の矢にいいかげんな心が生まれる」となります。
Q3. 「この戒め、万事にわたるべし」とは、どういうことですか。
ア この戒めは弓の道だけに通用する イ この戒めはあらゆることに当てはまる ウ この戒めは万一のときにだけ役立つ
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正解:イ 解説:「万事にわたる」は「すべてのことに及ぶ」という意味です。弓の教えが、勉強や仕事など人生のあらゆる場面に通じる教訓だ、と兼好は述べています。
まとめ
・師匠の戒め=「後の矢をあてにすると、最初の矢がなほざり(いいかげん)になる」。だから一本に集中せよ。
・「なかれ」=禁止(「なし」の命令形)、「や」=反語、「なんぞ…難き」=係り結び(連体形止め)が文法の頻出ポイント。
・「おろかなり」「懈怠(けだい)」「頼む」など、現代語と意味の違う語に注意。
・主題は「次があると思わず、今この一瞬に全力を尽くせ」。「この戒め、万事にわたるべし」。
・『徒然草』は鎌倉時代末期、兼好法師の随筆。『枕草子』『方丈記』と並ぶ三大随筆。


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