
1. はじめに ― 「門出」ってどんな場面?
『土佐日記』は、平安時代の歌人・紀貫之(きのつらゆき)が、土佐の国(今の高知県)での国司(こくし。地方の長官)の任期を終えて、京へ帰る旅をつづった日記です。「門出」はその冒頭の場面で、十二月二十一日の夜、いよいよ旅に出発するところから始まります。
書き出しの「男もすなる日記といふものを…」は、古文の中でも特に有名な一文です。定期テストでは「すなる」と「するなり」の助動詞の見分けが最頻出ポイントなので、この記事でしっかり確認しましょう。
2. 原文
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。
それの年の十二月の二十日あまり一日の日の、戌の時に門出す。そのよし、いささかにものに書きつく。
※「戌(いぬ)の時」は、今の午後八時ごろのことです。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。
→ 男の人も書くと聞いている日記というものを、女(である私)も書いてみようと思って、書くのである。
それの年の十二月の二十日あまり一日の日の、戌の時に門出す。
→ ある年の十二月二十一日の、午後八時ごろに出発する。
そのよし、いささかにものに書きつく。
→ その(旅立ちの)事情を、少しばかり紙に書きつける。
4. 重要語句・文法のポイント

覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| す | する(サ行変格活用の動詞) |
| してみむ | してみよう |
| 二十日あまり一日 | 二十一日(二十日に一日を加えた日) |
| 戌の時 | 午後八時ごろ |
| 門出す | 旅立ちのために出発する |
| よし | 事情・いきさつ |
| いささかに | 少しばかり |
文法・表現のポイント
① 「すなる」の「なる」=伝聞・推定の助動詞「なり」 終止形「す」に付いているので、伝聞・推定(〜という・〜そうだ)の「なり」です。「男もすなる日記」=「男も書くと聞いている日記」。ここでは連体形「なる」で下の「日記」につながっています。
② 「するなり」の「なり」=断定の助動詞「なり」 こちらはサ変動詞「す」の連体形「する」に付いているので、断定(〜である)の「なり」です。伝聞・推定の「なり」は終止形に、断定の「なり」は連体形や体言(名詞)に接続する——この接続の違いが見分けの決め手で、テストで最もよく問われます。
③ 「してみむ」の「む」=意志 「(女である私も)してみよう」という意志(〜よう)を表します。
④ 「男も…女も…」の「も」=並列(同類) 同じようなものを並べて示す働きです。
5. 主題・あらすじ・背景

あらすじ
『土佐日記』は、土佐から京までの約五十五日間の船旅を、日付を追って記した日記です。旅の途中のできごとや和歌をまじえながら、土佐で亡くした娘をしのぶ悲しみが作品全体に流れています。「門出」はその第一日目、旅の始まりの場面です。
主題
冒頭の一文には、「男の人が(漢文で)書くものとされていた日記を、女の立場から仮名で書いてみよう」という、この作品全体の仕掛けが宣言されています。短い一文ですが、『土佐日記』という作品の性格そのものを表す、とても大切な一文です。
背景 ― 仮名文字と女性仮託
当時、男性が日記を書くときは漢文で書くのが普通でした。一方、仮名(かな)文字は主に女性が使うものとされていました。そこで紀貫之は、自分を女性に見立てて(これを「女性仮託(じょせいかたく)」といいます)、仮名で自由にこの日記を書いたのです。本文が「作者が仮託した女性」の視点で語られているのは、そのためです。
『土佐日記』は、仮名で書かれた日本で最初の本格的な仮名日記文学とされ、のちの『蜻蛉日記』『枕草子』『源氏物語』など、女性たちの文学への道を開いた点で文学史上とても重要です。作者の紀貫之は、『古今和歌集』の撰者(へんしゅうにあたった歌人)の一人としても有名です。
確認クイズ(3問)
Q1. 「男もすなる日記」の「すなる」の「なる」の文法的意味として最も適当なものはどれですか。
ア 断定 イ 伝聞・推定 ウ 完了
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正解:イ 解説:終止形「す」に接続しているので伝聞・推定の「なり」です。「男も書くと聞いている日記」の意味になります。連体形・体言に付く断定の「なり」(文末の「するなり」)との接続の違いをおさえましょう。
Q2. 作者が門出をした「戌の時」とは、今のいつごろですか。
ア 午後八時ごろ イ 正午ごろ ウ 午前六時ごろ
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正解:ア 解説:「戌の時」は午後八時ごろです。「それの年の十二月の二十日あまり一日の日」(十二月二十一日)の夜に出発したことになります。
Q3. 作者の紀貫之は、この日記で自分をどのような人物に見立てて書いていますか。
ア 土佐の国の役人 イ 京で待つ家族 ウ 女性
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正解:ウ 解説:「女もしてみむとて、するなり」とあるように、貫之は自分を女性に見立て(女性仮託)、その女性の視点からこの日記を書いています。
6. もっと深く ― 「すなる」と「するなり」を完全攻略
この章では、テストで一番ねらわれる「なり」の見分けを、図でイメージできるくらいまで丁寧にほどいていきます。古文が苦手な人でも、ここを読めば「なぜそうなるのか」が腑に落ちるはずです。
そもそも「なり」には二種類ある
古文の助動詞「なり」には、大きく分けて二つの仲間がいます。意味も接続(前にどんな形の語がくっつくか)もちがうので、まずはこの対比を頭に入れましょう。
- 伝聞・推定の「なり」 … 意味は「〜という/〜と聞いている/〜らしい」。活用語の終止形(ラ変型は連体形)に接続する。耳で聞いた情報をもとに言うニュアンス。
- 断定の「なり」 … 意味は「〜である/〜だ」。体言(名詞)や活用語の連体形に接続する。「それはこうだ」と言い切るニュアンス。
つまり、同じ「なり」でも、直前の語が「終止形」か「連体形(・体言)」かを見れば、どちらの「なり」かが判別できる、というのが古文の大原則です。
サ変動詞「す」で考えると一目瞭然
『門出』が定番教材として愛される理由は、この見分けが「す」という一語でくっきり対比できるからです。サ変動詞「す」の活用は次のとおりです。
せ(未然)/し(連用)/す(終止)/する(連体)/すれ(已然)/せよ(命令)
注目すべきは、終止形が「す」、連体形が「する」と、形がはっきり別物だという点です。だからこそ──
- 「すなる日記」→ 直前は終止形「す」 → 伝聞・推定の「なり」(の連体形「なる」) → 「(男も)書くと聞いている日記」
- 「するなり」→ 直前は連体形「する」 → 断定の「なり」 → 「書くのである」
同じ文の中で、終止形+なり と 連体形+なり が並んで出てくる──これほど見分けの練習にうってつけの一文はありません。先生がこぞって試験に出す理由がここにあります。
「むず」のように耳で覚えるコツ
苦手な人は、こう唱えてみてください。「終止形にくっつく『なり』は“ウワサのなり”(伝聞・推定)、連体形・名詞にくっつく『なり』は“言い切りのなり”(断定)」。語呂で覚えておくと、試験場であわてずにすみます。
7. つまずきやすいポイントと入試・定期テストでの問われ方
① 「なり」を全部「断定」と答えてしまう
一番多いミスです。「なり=〜である(断定)」とだけ覚えていると、「すなる」まで断定にしてしまい、「男も書くのである日記」という意味の通らない訳になってしまいます。必ず直前の語の活用形を確認するクセをつけましょう。
② ラ変型の語に注意
伝聞・推定の「なり」は「終止形」接続が基本ですが、ラ変型の活用語(あり・をり・形容詞や一部の助動詞のラ変型)には連体形に付きます。たとえば「あるなり」が「あるそうだ(伝聞・推定)」になることがあるのはこのためです。『門出』の「す」はサ変なのでそのまま終止形「す」で考えてかまいませんが、応用問題ではこの例外がねらわれます。
③ 「して」「みむ」の分解を雑にしない
「女もしてみむとて」は、「し(サ変「す」の連用形)+て(接続助詞)+み(上一段「みる」の未然形)+む(意志の助動詞)+とて」と分解できます。「してみむ」をひとかたまりで「してみよう」と訳すのは正解ですが、品詞分解を問われたら一語ずつ切れるようにしておきましょう。
入試・定期テストでの典型的な問われ方
- 傍線部「すなる」の「なる」の文法的意味・活用形を答えよ。
- 「するなり」と「すなる」の「なり(なる)」のちがいを、接続に着目して説明せよ。
- 「してみむ」の「む」の意味(意志・推量など)を答えよ。
- この日記が仮名で、しかも女性の立場で書かれている理由を説明せよ(記述)。
- 「戌の時」は現在の何時ごろか/「二十日あまり一日」は何日か、を答えよ。
8. 作品をもっと味わう ― 「門出」の続きと有名な和歌
『土佐日記』の魅力は、文法だけではありません。「門出」の場面に続いて、出発を見送る人々との別れがユーモラスに、また時にしみじみと描かれます。とくに有名なのが、旅の終わりに京の家へ帰り着いた場面で詠まれる、亡き娘をしのぶ次の和歌です(『門出』の本文の外ですが、作品全体の主題を知るうえで大切なので紹介します)。
生まれしも 帰らぬものを わが宿に 小松のあるを 見るが悲しさ
現代語訳:(土佐で)生まれた娘は(とうとう京へ)帰ってこないのに、わが家の庭に(留守の間に生えた)小さな松が育っているのを見るのは、なんと悲しいことだろう。
『土佐日記』全体には、こうした娘を失った親の悲しみが静かに流れています。「門出」の軽やかな書き出しの裏に、こうした深い感情があることを知っておくと、作品の読み方がぐっと深まります。
9. ミニ練習問題(解答つき)
本文と解説をふまえて、次の問題に挑戦してみましょう。答えはそれぞれの「答えを見る」を開いて確認してください。
問1 次の傍線部の「なり(なる)」が、伝聞・推定か断定かを答え、その理由を「接続」の語を使って説明しなさい。
(あ)男もすなる日記 (い)するなり。
答えを見る
(あ)伝聞・推定。理由:直前が終止形「す」だから。 (い)断定。理由:直前が連体形「する」だから。──終止形接続なら伝聞・推定、連体形(・体言)接続なら断定、と接続で見分ける。
問2 「女もしてみむとて、するなり」を、現代語訳しなさい。
答えを見る
女(である私)も書いてみようと思って、書くのである。
問3 「それの年の十二月の二十日あまり一日の日の、戌の時に門出す」とは、いつ出発したということか。日付と時刻を、現在の言い方になおして答えなさい。
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十二月二十一日の、午後八時ごろ。──「二十日あまり一日」=二十日に一日を加えて二十一日、「戌の時」=午後八時ごろ。
問4 紀貫之がこの日記を仮名で、しかも女性の立場で書いたのはなぜか。「漢文」「仮名」の二語を使って説明しなさい。
答えを見る
当時、男性の日記は漢文で書くのが普通だったが、貫之は仮名で自由に書くために、仮名を主に使う女性に自分を見立てて(女性仮託して)書いたから。
10. よくある質問(Q&A)
Q. 「日記」なのに、なぜ「物語」みたいに読めるのですか?
A. 『土佐日記』は、ただの記録ではなく、和歌や旅のできごとを織り交ぜて「読ませる」ことを意識して書かれた文学作品だからです。だからのちの仮名日記文学(『蜻蛉日記』など)の出発点とされます。
Q. 「女性仮託」って、貫之は女性のふりをして一冊全部書いたのですか?
A. はい。作品全体が「ある女性が記した」という体裁で書かれています。ただし作者自身は男性の紀貫之で、これは表現上の工夫(仮託)です。
Q. 「二十日あまり一日」と書かずに「二十一日」と書けばいいのに、なぜ回りくどいのですか?
A. 当時の和文(仮名文)では、数をこのように「二十(はつか)あまり一日(ひとひ)」と言い表す言い方がありました。古文ではよく出てくる表現なので、「あまり」=「〜を加えて」と覚えておくと、ほかの作品でも日付が読めます。
Q. 「す」が動詞だと気づけませんでした。コツはありますか?
A. 「す」「し」「する」「すれ」「せよ」と出てきたら、まずサ変動詞「す」を疑いましょう。意味は「する」。直後に助動詞が続くことが多いので、活用形(終止形か連体形か)を確認するのが見分けの第一歩です。
11. 学習のまとめ(重要ポイント総整理)
- 『土佐日記』=紀貫之が土佐から京への船旅をつづった、日本初の本格的な仮名日記文学。平安時代の成立。
- 冒頭「男もすなる…するなり」は、伝聞・推定の「なり」と断定の「なり」が並ぶ、見分けの超頻出箇所。
- 見分けの決め手は接続。終止形+なり=伝聞・推定、連体形(・体言)+なり=断定。
- 「してみむ」の「む」は意志、「男も…女も…」の「も」は並列。
- 出発は「十二月二十一日の戌の時(午後八時ごろ)」。
- 仮名で自由に書くために女性に仮託して書かれた点が、文学史上とても重要。
ここまで読めば、『門出』の定期テスト対策はばっちりです。最後に、下のボタンから確認テストで力試しをしてみましょう。
まとめ

・「すなる」=終止形+「なり」→伝聞・推定、「するなり」=連体形+「なり」→断定。接続で見分ける。
・「してみむ」の「む」は意志、「男も…女も…」の「も」は並列。
・門出したのは「十二月の二十日あまり一日(二十一日)の戌の時(午後八時ごろ)」。
・作者は紀貫之。『古今和歌集』の撰者の一人で、作品は平安時代の成立。
・漢文ではなく仮名で書くために女性に仮託して書かれた、日本初の仮名日記文学。
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