1. はじめに ― 「矛盾」とは
「矛盾(むじゅん)」は、二つの物事のつじつまが合わないこと、前に言ったことと後に言ったことが食い違っていることを表す故事成語です。出典は中国の思想書『韓非子(かんぴし)』。盾(たて)と矛(ほこ)を売る商人が、自分の商品をほめすぎたために、自分で自分の言葉を打ち消す羽目になる、というお話です。
短い文章の中に、否定・二重否定・疑問・不可能と、漢文の大事な句法がぎゅっと詰まっていて、定期テストでもよく出されます。

2. 白文・訓読文
楚人有鬻盾與矛者。
譽之曰、「吾盾之堅、莫能陷也。」
又譽其矛曰、「吾矛之利、於物無不陷也。」
或曰、「以子之矛、陷子之盾、何如。」
其人弗能應也。
※「鬻」は「ひさ(ぐ)」、「莫」は「な(し)」と読みます。「譽」「陷」「應」は、それぞれ「誉」「陥」「応」の旧字体です。
3. 書き下し文
楚人に盾と矛とを鬻(ひさ)ぐ者あり。
之を誉めて曰はく、「吾が盾の堅きこと、能く陥すもの莫(な)きなり。」と。
又其の矛を誉めて曰はく、「吾が矛の利きこと、物に於いて陥さざる無きなり。」と。
或るひと曰はく、「子の矛を以て、子の盾を陥さば、何如。」と。
其の人応ふること能はざるなり。
4. 現代語訳
楚の国の人で、盾と矛とを売る者がいました。
(その人は)盾をほめて言いました。「私の盾の堅いことといったら、(これを)突き通せるものは何もない。」と。
また、その矛をほめて言いました。「私の矛の鋭いことといったら、どんな物でも突き通さないものはない(=何でも貫く)。」と。
ある人が言いました。「あなたの矛で、あなたの盾を突いたら、どうなるのか。」と。
その商人は(問いに)答えることができませんでした。
5. 句法・重要語のポイント
テストで問われる句法
| 句法 | 読み方 | 意味・働き |
|---|---|---|
| 莫能陷也 | 能(よ)く陥(とほ)すもの莫(な)きなり | 否定。「突き通せるものは何もない」という強い打ち消し |
| 無不陷 | 陥さざる無し | 二重否定。「突き通さないものはない」=「すべて突き通す」という強い肯定 |
| 何如 | いかん | 疑問。「どうなるのか」と相手に問いかける |
| 弗能應也 | 応(こた)ふること能(あた)はざるなり | 不可能。「〜できる(能)」を「弗(ず)」で打ち消し、「答えることができない」 |
とくに「無不(〜ざる無し)」の二重否定は、打ち消しを二つ重ねることで「必ず〜する」と意味を強める表現で、句法問題の超頻出ポイントです。
覚えておきたい語句
| 語句 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 鬻ぐ | ひさぐ | 売る |
| 誉む(譽) | ほむ | ほめる。ここでは自分の商品をほめあげて売り込むこと |
| 陥す(陷) | とほす | 突き通す。貫く |
| 或るひと | あるひと | ある人。その場に居合わせた、名前の知れない誰か |
| 子 | し | あなた(ここでは商人を指す) |
6. 故事の意味と現代での使い方
商人は、盾については「どんなものも突き通せない」、矛については「どんな物でも突き通す」と言いました。この二つの主張は同時には成り立ちません。だから「その矛でその盾を突いたら?」と聞かれて、答えられなくなってしまったのです。ここから「矛盾」は、つじつまが合わないことを表す言葉になりました。「物事を大げさに言いすぎると、かえって自分の言葉どうしが食い違って信用を失う」という教訓も読み取れます。
【例文1】彼の話は、昨日の説明と今日の説明とで矛盾している。
【例文2】規則を守れと言いながら自分は破るのは矛盾だ。
確認クイズ(3問)
Q1. 商人は自分の矛をどのように自慢しましたか。
ア どんな物でも突き通さないものはない イ どんな矛でも突き通せない ウ 世界でいちばん美しい
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正解:ア 解説:本文に「吾が矛の利きこと、物に於いて陥さざる無きなり」とあります。「陥さざる無し」は二重否定で「どんな物でも突き通す」という意味です。イは盾の自慢のほうです。
Q2. 「何如」の読みとして正しいものはどれですか。
ア なんぞ イ いかん ウ いづくんぞ
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正解:イ 解説:「何如」は「いかん」と読み、「どうなるのか」と相手に問いかける疑問の表現です。
Q3. 「子の矛を以て、子の盾を陥さば、何如」と問われた商人はどうなりましたか。
ア 堂々と言い返した イ 盾だけを売ることにした ウ 答えることができなかった
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正解:ウ 解説:本文の結びは「其の人応ふること能はざるなり」。「能はず」は不可能を表し、「答えることができなかった」という意味です。
7. 『韓非子』とこの話の背景
『矛盾』の出典である『韓非子』は、中国の戦国時代の末(紀元前3世紀ごろ)に活躍した思想家・韓非(かんぴ)の名を冠した思想書です。韓非は「法家(ほうか)」と呼ばれる学派の代表的な人物で、人を治めるには道徳や情けよりも、明確なきまり(法)とそれを守らせる仕組み(術)が大切だと説きました。この『矛盾』の話も、もとは政治を論じる文章の中で、ある考え方の食い違いを指摘するためのたとえ話として使われていたものです。
つまりこのお話は、ただの笑い話ではなく、「両立しないことを同時に言い張ると、必ずどこかで行き詰まる」という、ものの考え方の落とし穴を示すためのものでした。短い文章ですが、相手をやりこめる「論理(すじ道だった考え方)」の鋭さがよく表れています。テストでは出典名を問われることも多いので、「矛盾=『韓非子』、作者は韓非、学派は法家」とセットで覚えておきましょう。
8. 一文ずつくわしく読む
本文は五つの文からできています。一文ずつ「白文→書き下し文→現代語訳」の順で、どこにどんな句法が入っているかを確認しましょう。
第一文
- 白文:楚人有鬻盾與矛者。
- 書き下し文:楚人に盾と矛とを鬻(ひさ)ぐ者あり。
- 現代語訳:楚の国の人で、盾と矛とを売る者がいた。
「有〜者」は「〜する者あり(〜という者がいる)」と読む、登場人物を紹介するときの決まった言い方です。「與(と)」は「AとBと」の「と」にあたり、二つのものを並べる働きをします。お話の主人公である「商人」が、まずここで登場します。
第二文・第三文
- 盾の自慢:吾が盾の堅きこと、能く陥(とほ)すもの莫(な)きなり。→ 私の盾の堅いことといったら、突き通せるものは何もない。
- 矛の自慢:吾が矛の利(と)きこと、物に於いて陥さざる無きなり。→ 私の矛の鋭いことといったら、どんな物でも突き通さないものはない(=何でも突き通す)。
ここが話のしかけの中心です。盾については「莫(〜もの莫し)」で強い打ち消しを、矛については「無不(〜ざる無し)」で二重否定=強い肯定を述べています。「何も貫けない盾」と「何でも貫く矛」という、本来は同時に成り立たないことを、商人は得意げに並べてしまったのです。
第四文・第五文
- 問いかけ:子の矛を以て、子の盾を陥さば、何如(いかん)。→ あなたの矛で、あなたの盾を突いたら、どうなるのか。
- 結び:其の人応(こた)ふること能(あた)はざるなり。→ その商人は答えることができなかった。
「以(〜を以て)」は「〜を使って」という手段を表します。「何如」は「いかん」と読む疑問の言葉で、相手に結果や様子をたずねます。最後の「能はず」は不可能を表し、商人がぐうの音も出なかったことを示して話を締めくくります。問いかけの一文が、商人の言葉の食い違いをずばりと突いているのがポイントです。
9. つまずきやすいポイント
- 「無不」と「莫」を混同しない:「無不(〜ざる無し)」は否定を二つ重ねた二重否定で、結局は強い肯定になります。一方「莫(〜もの莫し)」は単なる否定で「〜は何もない」。この二つは意味が反対方向なので、どちらが矛・どちらが盾の自慢かをきちんと区別しましょう。
- 「莫」は「ばく」ではなく「なし」:「莫」は「無」とほぼ同じく「〜なし」と読みます。音読みにつられて意味を取り違えないよう注意します。
- 「何如」と「如何」:似た形ですが、「何如(いかん)」は様子・程度を「どうか」とたずね、「如何(いかんせん)」は手段を「どうしたらよいか」とたずねることが多い、と整理しておくと安心です。本文は「何如」で、結果をたずねています。
- 「之(これ・の)」の働き:「誉之(之を誉めて)」の「之」は「それを」と指す代名詞、「吾盾之堅(吾が盾の堅き)」の「之」は「〜の」にあたる助詞です。同じ字でも働きが変わる点に気をつけましょう。
10. 入試・定期テストでの問われ方
『矛盾』は短いうえに句法が凝縮されているため、定期テストや入試で次のような形で問われます。出題のねらいを知っておくと、対策がぐっと楽になります。
- 書き下し問題:「莫能陷也」「無不陷」を正しく書き下せるか。送り仮名(〜なり・〜なし)まで含めて問われます。
- 句法の名前と意味:「無不」が二重否定であること、その結果が「すべて〜する」という強い肯定になることを説明させる問題。
- 内容説明:「其の人応ふること能はざるなり」の理由、すなわち「なぜ商人は答えられなかったのか」を、二つの自慢の食い違いにふれて説明させる問題。
- 故事成語:この話からできた言葉「矛盾」の意味と、出典『韓非子』を答える知識問題。
とくに3番の「答えられなかった理由」は記述で問われやすい定番です。「盾は何も貫けないと言い、矛は何でも貫くと言ったので、その矛でその盾を突いた場合の答えが、どちらにしても自分の言葉と食い違ってしまうから」とまとめられるようにしておきましょう。
11. ミニ練習問題
本文の理解を確かめる練習です。まず自分で考えてから、答えを確認しましょう。
問1 「無不陷也」を書き下し文にしなさい。
問2 「無不陷也」はどんな句法で、結局どんな意味になりますか。
問3 商人が「応ふること能はざるなり」となったのはなぜですか。一文で説明しなさい。
答えを見る
問1の答え:陥(とほ)さざる無きなり。
問2の答え:二重否定。否定(無)と否定(不)を重ねることで、「突き通さないものはない=どんな物でも突き通す」という強い肯定の意味になる。
問3の答え:盾は「何も貫けない」、矛は「何でも貫く」と自慢したため、その矛でその盾を突いた結果を、どちらに答えても自分の言葉と食い違ってしまうから。
12. よくある質問(Q&A)
Q. 「矛」と「盾」はどちらが攻めの道具ですか。
A. 「矛(ほこ)」は長い柄の先に刃をつけた、突いて攻めるための武器です。「盾(たて)」は敵の攻撃から身を守る防具です。攻めの矛と守りの盾、という対比をおさえると話の構図がつかみやすくなります。
Q. なぜ「矛盾」という二字熟語になったのですか。
A. この話で食い違いの原因になったのが、まさに「矛」と「盾」だったからです。両立しない二つの主張のたとえとして、二つの道具の名を合わせて「矛盾」という言葉が生まれ、現代の日本語でも「話のつじつまが合わないこと」の意味で使われています。
Q. 商人は本当はどう答えればよかったのですか。
A. どちらか一方の自慢を取り下げるしかありません。たとえば「この矛なら盾も貫ける(=盾は最強ではない)」か、「この盾は矛でも防げる(=矛は最強ではない)」のどちらかです。両方を「最強だ」と言い張ったことが、そもそもの行き詰まりの原因でした。
まとめ
・「矛盾」の出典は『韓非子』。著者とされる韓非は戦国時代の末の人で、法家(きまりと罰で国を治める考え方の学派)の中心人物です。
・盾=「能く陥すもの莫きなり(何も貫けない)」、矛=「陥さざる無きなり(何でも貫く)」。この二つの食い違いが話の核心。
・句法は「莫」の否定、「無不」の二重否定、「何如」の疑問、「能はず」の不可能の四つをセットで覚える。
・故事成語「矛盾」は「つじつまが合わないこと」の意味で、現代の日本語でも日常的に使われる。
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