はじめに ― これはどんな話?
『和泉式部日記(いずみしきぶにっき)』の冒頭、いちばん有名な場面です。作者は、愛していた恋人・為尊親王(ためたかしんのう)を病で亡くし、深い悲しみの中で日々を過ごしていました。そんなある日、亡き恋人に仕えていた少年(小舎人童)が、弟の敦道親王(あつみちしんのう)=帥宮(そちのみや)の使いとして、橘(たちばな)の花を届けにやってきます。
この一通の贈り物をきっかけに、和泉式部と帥宮との新しい恋がはじまります。日記はこのあと、二人が和歌をやりとりしながら近づいていく約十か月を描いていきます。つまりここは、物語全体の「はじまりの場面」。悲しみの中に、新しい出会いの予感がそっと差しこむ、とても印象的な書き出しです。
原文(採録した範囲について)
『和泉式部日記』は長い作品なので、ここでは教科書でも定番の冒頭部分に絞って取り上げます。範囲は、書き出しの「夢よりもはかなき世の中を」から、和泉式部が橘の香に亡き人を思い出して歌を贈り、帥宮がそれに歌で返すところまで(「薫る香に」の歌と「同じ枝に」の返歌を含むまとまり)です。本文は高等学校古典教科書(東京書籍ほか)で広く採られている形によります。
※和歌の「同じ枝に」「同じ声」は、古い写本・注釈書では「おなじ枝に」「おなじ声」と表記されることもあります。
① 書き出し ― 悲しみの日々と、訪れる人かげ
夢よりもはかなき世の中を、嘆きわびつつ明かし暮らすほどに、四月(うづき)十余日(じふよひ)にもなりぬれば、木の下暗がりもてゆく。築土(ついひぢ)の上の草青やかなるも、人は殊に目もとどめぬを、あはれと眺むるほどに、近き透垣(すいがい)のもとに人の気配すれば、誰ならむと思ふほどに、さし出でたるを見れば、故宮(こみや)に候(さぶら)ひし小舎人童(こどねりわらは)なりけり。
② 童との会話 ― 帥宮にお仕えしています
あはれにもののおぼゆるほどに来たれば、「などか久しく見えざりつる。遠ざかる昔の名残にも思ふを。」など言はすれば、「そのことと候はでは、なれなれしきさまにやと、つつましうさぶらふうちに、日ごろは山寺にまかり歩(あり)きてなむ。いとたよりなく、つれづれに思ひたまうらるれば、御代はりにも見たてまつらむとてなむ、帥宮(そちのみや)に参りて候ふ。」と語る。「いとよきことにこそあなれ。その宮は、いとあてにけけしうおはしますなるは。昔のやうにはえしもあらじ。」など言へば、「しかおはしませど、いとけ近くおはしまして、『常に参るや。』と問はせおはしまして、『参りはべり。』と申しさぶらひつれば、『これ持て参りて、いかが見たまふとて奉らせよ。』とのたまはせつる。」とて、橘の花を取り出でたれば、
③ 橘の香に亡き人を思い出し、歌を贈る
「昔の人の」と言はれて、「さらば参りなむ。いかが聞こえさすべき。」と言へば、言葉にて聞こえさせむもかたはらいたくて、「何かは、あだあだしくもまだ聞こえたまはぬを、はかなき言(こと)をも。」と思ひて、
薫(かを)る香(か)によそふるよりはほととぎす聞かばや同じ声やしたると
と聞こえさせたり。
④ 帥宮の返歌 ― 「同じ枝に」
まだ端(はし)におはしましけるに、この童隠れの方(かた)に気色ばみける気配を、御覧じつけて、「いかに。」と問はせたまふに、御文(ふみ)を差し出でたれば、御覧じて、
同じ枝(え)に鳴きつつをりしほととぎす声は変はらぬものと知らずや
と書かせたまひて、賜(たま)ふとて、「かかること、ゆめ人にいふな。好きがましきやうなり。」とて、入らせたまひぬ。
現代語訳(やさしい言葉で)
① 書き出し ― 悲しみの日々と、訪れる人かげ
夢よりもはかない男女の仲(=亡き恋人とのこと)を嘆き悲しみながら、毎日を明かし暮らしているうちに、四月の十日過ぎにもなったので、木の下のあたりはだんだん(葉が茂って)暗くなっていく。土塀の上の草が青々としているのも、ほかの人は特に目もとめないけれど、私はしみじみと心ひかれてながめていた。すると、すぐ近くの透垣(すきまのある垣根)のところに人の気配がするので、「誰だろう」と思っていると、ふっと姿を見せたのを見れば、亡き宮(為尊親王)にお仕えしていた小舎人童(雑用をする少年)だった。
② 童との会話 ― 帥宮にお仕えしています
(亡き宮のことが思い出されて)しみじみと胸にせまっているときに来たので、「どうしてずっと顔を見せなかったの。遠ざかっていく昔(の宮)のなごりとも思っているのに」と(女房を通して)言わせると、(童は)「これといった用事もなくお伺いするのは、なれなれしいようかと遠慮しておりますうちに、最近は山寺に出かけて歩いておりまして。たいそう頼りなく、所在なく思われますので、(亡き宮の)お身代わりにでも拝見しようと思って、帥宮さま(敦道親王)のもとにお仕えしております」と語る。(女が)「それはとてもよいことね。その宮は、たいそう気高く、近づきにくいご様子でいらっしゃるとか。(亡き宮の)昔のようにはとてもいくまいね」などと言うと、(童は)「そうではいらっしゃいますが、私にはとても親しくお接しくださって、『(あの人のところへ)いつも参上するのか』とお尋ねになり、『参上しております』と申し上げましたところ、『これを持って参上して、〈どうご覧になりますか〉と言って差し上げよ』とおっしゃいました」と言って、橘の花を取り出したので、
③ 橘の香に亡き人を思い出し、歌を贈る
(女は橘の香をかいで)「昔の人の(袖の香ぞする)」(という古歌)が口をついて出て、(童が)「それでは帰りましょう。どのようにご返事申し上げましょうか」と言うので、(女は)口頭でご返事申し上げるのも体裁が悪くて、「いえいえ、(帥宮は)まだ浮ついたお気持ちでお便りくださったわけでもないのだから、ちょっとした歌でも(返そう)」と思って、
橘の香に(亡き宮を)思いよそえてしのぶよりは、いっそ、ほととぎす(=あなた)の声を聞きたいものです。亡き宮と同じ声をしているかどうかを。
と(歌にして)申し上げた。
④ 帥宮の返歌 ― 「同じ枝に」
(帥宮は)まだ端の方にいらっしゃったときに、この童が物陰でせき払いなどして合図しているような様子を目にとめて、「どうした」とお尋ねになるので、(童が)お手紙を差し出すと、ご覧になって、
(亡き兄と私とは)同じ枝で鳴いていたほととぎすなのだから、声は変わらないものだと、ご存じないのですか。
とお書きになって、(童に)お渡しになるときに、「このことは、決して人に言うな。好色めいたように見えるから」とおっしゃって、(奥へ)お入りになった。
重要語句・敬語・文法のポイント
この場面は、古語の意味と敬語の向きがそのまま読解のカギになります。順に整理します。
(1) おさえたい古語
- はかなし=あっけない・頼りない・むなしい。書き出しの「夢よりもはかなき世の中」は、「夢以上にあっけない(亡き人との)仲」の意。
- 嘆きわぶ=嘆き悲しんで、つらく思う。「わぶ」は「つらく思う・困る」。
- あはれ=しみじみと心が動くこと。ここでは悲しみ・いとおしさの両方をふくむ。
- けけし(気々し)=よそよそしい・近づきにくい。「けけしうおはします」で「近寄りがたいご様子だ」。
- け近し(気近し)=親しみやすい・身近だ。「けけし」と対になる語。
- つつまし=気がひける・遠慮される。「つつましうさぶらふ」で「遠慮しております」。
- あだあだし=浮ついている・誠実でない。恋にだらしないさまをいう。
- よそふ(寄そふ)=なぞらえる・思いよそえる。「薫る香によそふる」=橘の香に(亡き人を)重ねる。
- ゆめ…な=「決して…するな」。強い禁止。「ゆめ人にいふな」=決して人に言うな。
(2) 敬語 ― 「誰が誰を敬っているか」
古文の敬語は、地の文では作者から、会話文では話し手からの敬意を表します。向きをつかむと人物関係がはっきりします。
- おはします(尊敬)…「いらっしゃる」。帥宮(敦道親王)に対する敬意。例「あてにけけしうおはします」「端におはしましける」。皇子という高貴な人物への敬語です。
- 問はせたまふ/書かせたまひて/入らせたまひぬ…「せ+たまふ」は二重敬語(最高敬語)で、ふつうより一段高い敬意。やはり帥宮に向けられ、相手が親王であることを示します。
- のたまはす(尊敬)…「おっしゃる」。「奉らせよとのたまはせつる」は、童のセリフの中で帥宮を高めています。
- 奉る/たてまつる(謙譲)…「差し上げる/お…申し上げる」。「見たてまつらむ」=(亡き宮を)拝見しよう、と動作の受け手を高める。
- 聞こゆ・聞こえさす(謙譲)…「申し上げる」。「いかが聞こえさすべき」「と聞こえさせたり」は、女→帥宮への敬意。手紙・歌を差し上げる相手を高めています。
- 候ふ・さぶらふ(丁寧・謙譲)…「ございます/お仕えする」。「参りて候ふ」「申しさぶらひつれば」など、童のへりくだった言い方に多く出ます。
ポイントは、尊敬語はほぼすべて帥宮に集中していること。これは、相手が天皇の皇子という別格の存在だからです。一方、童は自分の動作に謙譲語・丁寧語を重ねて、ていねいに話しています。
(3) 助動詞・文法
- なりけり(「小舎人童なりけり」)…断定「なり」+詠嘆・気づきの「けり」。「(なんと)…だったのだ」と、はっと気づいた気持ちを表します。
- ぬれば(「四月十余日にもなりぬれば」)…完了「ぬ」の已然形+接続助詞「ば」で、「…になったので」という順接の確定条件。
- むとて/てなむ…「む」は意志(…しよう)。「見たてまつらむとてなむ」=拝見しようと思って、の意。
- 聞かばや(「聞かばや同じ声やしたると」)…「ばや」は自分の願望を表す終助詞で「…したい」。「(ほととぎすの声を)聞きたい」。
(4) 係り結び・修辞
- 係り結び「こそ…あなれ」…「いとよきことにこそあなれ」。係助詞「こそ」を受けて、文末が已然形「あなれ」(あるなり→あんなり→あなれ)で結ばれています。「ほんとうによいことであるようだ」と意味を強めます。
- 係助詞「や」…「同じ声やしたると」「変はらぬものと知らずや」。疑問・問いかけを表し、相手の心に問いかける余韻を生みます。
- ほととぎす=相手のたとえ…二首とも「ほととぎす」が出ます。女の歌では帥宮そのものを、帥宮の返歌では亡き兄と自分を、ほととぎすにたとえています。「同じ枝に鳴きつつをりし」は、兄弟が同じ枝で鳴いた鳥のように血を分けた間柄であることを示し、「声は変はらぬ」で「(兄と)気持ちも変わらない」と切り返しています。
- 「昔の人の」=古歌の引用…これは『古今和歌集』の「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(よみ人知らず)を踏まえた言い方です。橘の香で昔の恋しい人を思い出す、という当時よく知られた連想で、女が口ずさんだのは「亡き宮が恋しい」という気持ちの表れです。帥宮が橘を贈ったのも、この古歌を二人とも知っているうえでの、心にくい働きかけでした。
主題・あらすじ・背景
主題は、「亡き人への思い」と「新しい恋のはじまり」が重なり合う心の揺れです。女は橘の香に亡き宮(為尊親王)をしのびながらも、その弟・帥宮(敦道親王)の声を「聞きたい」と歌に詠みます。過去への未練と、新しい人へのほのかな関心が、同じ一首の中に同居しているのが見どころです。
あらすじはこうです。為尊親王を亡くして悲しみに沈む女のもとへ、その弟・帥宮の使いの少年が橘の花を届ける。女は橘の香に古歌を思い出し、亡き人を慕いつつ「あなたは兄君と同じ声でしょうか」と歌を贈る。帥宮は「同じ枝の鳥なのだから声は変わらない」と歌で返し、「このことは人に言うな」と口止めして奥へ入る。こうして二人の文(手紙)のやりとりが始まっていきます。
作者と時代背景。『和泉式部日記』は平安時代中期(十一世紀初め)の成立で、作者は和歌の名手として名高い和泉式部とされます(本文では作者自身を「女」と三人称で書く形をとります)。描かれるのは一〇〇三年(長保五年)四月からの約十か月(翌・寛弘元年〈一〇〇四年〉正月ごろまで)。当時の貴族の恋は、まず和歌のやりとりから始まるのが習わしで、相手の教養や心ばえは歌の出来栄えではかられました。この場面で交わされる二首も、ただの挨拶ではなく、互いの心を探り合う知的な駆け引きになっています。和泉式部は、為尊・敦道という二人の親王に愛されたことで知られ、その情熱的な恋の歌は『和泉式部日記』や家集に多く残されています。
読解のまとめ
- 場面=亡き恋人を悲しむ女のもとに、その弟・帥宮の使いが橘の花を届け、新しい恋がはじまる冒頭。
- キーワード=「橘の香」と古歌「昔の人の袖の香」。香りが過去の人を呼び起こす。
- 二首の対話=女「同じ声がしますか」/帥宮「同じ枝の鳥だから声は変わらない」。ほととぎすのたとえで応じ合う。
- 敬語=尊敬語(おはします・せたまふ・のたまはす)はすべて帥宮(皇子)へ。謙譲語(聞こゆ・たてまつる)は相手を高める働き。
- 主題=亡き人への思慕と、新しい恋への期待が重なる、繊細な心の動き。
✅ 定期テスト前の仕上げに|この場面の確認テスト


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