1. はじめに ― 「宮に初めて参りたるころ」ってどんな場面?
『枕草子』の中でも定期テスト頻出の名段です。作者・清少納言(せいしょうなごん)が、中宮定子(ちゅうぐうていし)のもとに宮仕えを始めたばかりのころの、はずかしさ・緊張と、定子へのあこがれをいきいきと描きます。
読みどころは2つ。①宮仕え初日の清少納言の“人見知り”ぶりと、②それをやさしくからかう中宮定子の機知(葛城の神)。そして全体に敬語がびっしりで、ここがテストの最大のヤマです。
2. 原文
【一】夜の参上
宮にはじめてまゐりたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の几帳の後ろに候ふに、絵などとり出でて見せさせたまふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。「これは、とあり、かかり。それか、かれか。」などのたまはす。高坏に参らせたる御殿油なれば、髪の筋なども、なかなか昼よりもけざやかに見えてまばゆけれど、念じて見などす。いと冷たきころなれば、さし出でさせたまへる御手のはつかに見ゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもり参らする。
【二】暁・御格子
暁にはとく下りなむといそがるる。「葛城の神もしばし。」など仰せらるるを、いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、なほ伏したれば、御格子も参らず。女官ども参りて、「これ、放たせたまへ。」など言ふを聞きて、女房の放つを、「まな。」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【一】中宮様の御所に初めて参上したころは、何かときまりが悪いことが数えきれないほどで、涙もこぼれ落ちてしまいそうなので、(顔の見えにくい)夜ごとに参上して、三尺の御几帳の後ろにお控え申し上げていると、(中宮様が)絵などを取り出してお見せになるのを、(恥ずかしくて)手さえも差し出すことができそうになく、どうしようもない。「これは、こうこう、ああで。それか、あれか。」などとおっしゃる。高坏に立ててある灯火なので、髪の筋までも、かえって昼よりもくっきり見えてまぶしいけれど、がまんして見たりする。たいそう寒い時期なので、(中宮様が)差し出していらっしゃる御手がほんの少し見えるのが、たいそうつやつやと照り映える薄紅梅色であるのは、この上なくすばらしいと、宮中を知らない里人(の私)の気持ちには、こんな(すばらしい)方がこの世にいらっしゃるのだなあと、はっと気づかされるほど、(中宮様を)じっとお見つめ申し上げる。
【二】明け方には早く局(自分の部屋)に下がりたいと気がせく。(中宮様は)「葛城の神も(夜だけでなく)もうしばらく(いなさいよ)。」などとおっしゃるのを、どうして斜めからでも(顔を)ご覧に入れられようか(いや、入れたくない)と思って、やはり(うつ伏せに)伏せていると、御格子もお上げしない。女官たちが参上して、「これ(格子)を、お上げください。」などと言うのを聞いて、女房が(格子を)上げようとするのを、(中宮様が)「(上げては)いけません。」とおっしゃるので、(女官たちは)笑って帰っていった。
4. 重要語句
- もののはづかし…なんとなくきまりが悪い・気が引ける。
- わりなし…どうしようもない・つらい。
- 念ず…がまんする・じっとこらえる。
- にほふ…(色が)つやつやと美しく照り映える。※「香る」ではない。
- めでたし…すばらしい・立派だ。
- おどろく…はっと気づく・目が覚める。
- まもる…じっと見つめる。
- はつかなり…ほんのわずかだ。 けざやかなり…くっきりしている。
- まな…禁止「するな・いけない」。
- 葛城(かづらき)の神…顔が醜いのを恥じて夜しか働かなかったという伝説の神。「あなたも夜しか姿を見せないのね」と、顔を隠す清少納言をからかった定子の機知。
5. 文法・敬語のポイント(テスト最重要)
この段は敬語のかたまり。「誰から誰への敬意か」が定番問題です。
- 見せさせたまふ/さし出でさせたまへる/のたまはす/仰せらる/御覧ぜらる…いずれも尊敬(最高敬語=二重敬語)。→作者(清少納言)から中宮定子への、最も高い敬意。
- まゐる/候ふ/(御殿油を)参らせたる/まもり参らする…謙譲語。→作者から中宮への敬意(動作を受ける側を高める)。
- えさし出づまじう…「え〜まじ」で不可能「〜できそうにない」。
- おどろかるる…「る」は自発「自然と〜してしまう」。
- いかでかは〜御覧ぜられむ…「いかでかは」で反語「どうして〜だろうか、いや〜ない」。
6. 主題・背景
あらすじ:宮仕えを始めたばかりの清少納言は、恥ずかしくて昼間は出仕できず、夜にこっそり参上する。几帳のかげで縮こまる新人を、中宮定子は絵を見せたり言葉をかけたりしてやさしく扱い、明け方も「葛城の神」と冗談を言って引き止める。
主題:新参女房の初々しい緊張と、中宮定子への深いあこがれ・敬愛。そして定子サロンの優美さと、定子の温かい機知。
背景:清少納言は正暦4年(993年)ごろ、一条天皇の中宮・定子に出仕しました。定子のまわりは才気と教養にあふれた華やかな文化空間(サロン)で、『枕草子』はその日々の記録でもあります。この段は、その第一歩のリアルな心情です。
確認クイズ(3問)
Q1. 「見せさせたまふ」の敬語の種類と、誰から誰への敬意?
尊敬(二重敬語=最高敬語)。作者(清少納言)から中宮定子への敬意。
Q2. 「にほひたる薄紅梅」の「にほふ」の意味は?
(色が)つやつやと美しく照り映えること。香りではない。
Q3. 中宮が言った「葛城の神もしばし」とは、どういう気持ち?
夜しか姿を見せない葛城の神にたとえて、顔を隠したがる清少納言をやさしくからかい、引き止めた。定子の機知とやさしさ。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 敬語の方向は必出。尊敬=作者→定子、謙譲=作者→定子。「二重敬語は最高敬語=最も身分の高い人(中宮)への敬意」を覚える。
- 「葛城の神」の比喩の意味(夜しか出ない→顔を見せない清少納言へのからかい)は記述で問われやすい。
- 「念じて」「わりなし」「まもる」の語義、「え〜まじ」(不可能)の識別もよく出る。
- 「まな」を「真名(漢字)」と混同しない。ここでは禁止。
8. この段から学べること・まとめ
・主題=新人女房の緊張+中宮定子へのあこがれ+定子の温かい機知。
・敬語=尊敬(させたまふ・のたまはす・仰せらる)も謙譲(まゐる・候ふ・参らす)も、すべて作者から中宮への敬意。
・キーワード=にほふ(つやつや)・めでたし・念ず・わりなし・葛城の神。
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