1. はじめに ― 「香炉峰の雪」ってどんな場面?
「香炉峰の雪」は、随筆『枕草子』の中でも屈指の名場面です。雪の深く積もった日、中宮定子(ていし)さまが「少納言よ、香炉峰の雪はどうであろうか」と問いかけると、清少納言(せいしょうなごん)は言葉で答えるかわりに、さっと御簾(みす)を高く巻き上げてみせました。
これは、唐の詩人・白居易(はくきょい)の漢詩の一句「香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看(み)る」を踏まえた応答です。漢詩の教養を言葉でなく行動で示した[機知(ウィット)]が、この章段の最大のポイントです。
2. 原文
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子(みかうし)まゐりて、炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、「少納言よ。香炉峰(かうろほう)の雪いかならむ」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も「さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり」と言ふ。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、
→ 雪がとても高く(深く)降り積もっているのに、いつもと違って御格子をお下ろしして、炭櫃(火鉢)に火をおこして、おしゃべりなどをしながら(女房たちが中宮さまのおそばに)集まってお仕えしていると、
「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ」と仰せらるれば、
→ 「少納言よ。香炉峰の雪はどうであろうか。」と(中宮さまが)おっしゃるので、
御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。
→ (清少納言は人に)御格子を上げさせて、御簾を高く巻き上げたところ、(中宮さまは)お笑いになります。
人々も「さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり」と言ふ。
→ まわりの女房たちも「その事(白居易の詩のこと)は知っていて、歌などにまで詠んでいるけれど、(御簾を上げてみせるとは)思いつきもしませんでした。やはりこの中宮さまにお仕えする人には、ふさわしい人であるようです」と言います。
4. 重要語句・文法のポイント
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| いと | とても・非常に |
| 例ならず | いつもと違って |
| 御格子まゐる | 御格子をお下ろしする(お上げする) |
| さぶらふ | (貴人のおそばに)お仕えする・控える |
| 仰す | 「言ふ」の尊敬語。おっしゃる |
| さへ | 〜までも(添加を表す) |
| 思ひよる | 思いつく |
| さべきなめり | そうあるべき人のようだ(「さるべきなるめり」の変化した形) |
文法・表現のポイント
① 「仰せらるれば」=尊敬語+尊敬の助動詞 「仰す」は「言ふ」の尊敬語、「らる」は尊敬の助動詞で、おっしゃったのは中宮定子さま。直後に「ば」が続くため已然形「らるれ」になっています(已然形+ば=〜ので)。
② 「笑はせたまふ」=二重敬語(最高敬語) 「せ」は尊敬の助動詞「す」の連用形、「たまふ」は尊敬の補助動詞。尊敬語を二つ重ねた言い方で、主語(お笑いになった人)は[中宮定子さま]です。
③ 「御格子上げさせて」の「させ」=使役 こちらの「させ」は使役の助動詞「さす」の連用形で、清少納言が(人に命じて)御格子を上げさせたという意味。②の尊敬の「せ」との[使役・尊敬の見分け]がテスト最頻出です。
④ 「思ひこそよらざりつれ」=係り結び 係助詞「こそ」を受けて、文末が完了の助動詞「つ」の已然形「つれ」で結ばれています。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじ(この章段の内容)
雪の深い日、いつもと違って御格子を下ろしたまま、女房たちが集まって控えていました。中宮定子さまが「香炉峰の雪はどうであろうか」と問いかけると、清少納言は御簾を高く上げてみせ、定子さまはお笑いになります。女房たちも「やはりこの宮にお仕えする人は、こうでなくては」と感心しました。
主題
白居易の詩句「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」を踏まえ、[言葉ではなく行動で漢詩の教養を示した清少納言の機知]がこの章段の中心です。定子さまの問いかけも、答えを知ったうえでの知的な「なぞかけ」であり、定子さまのサロンの華やかで教養豊かな雰囲気が伝わってきます。
背景(文学史)
『枕草子』は平安時代中期に清少納言が書いた随筆で、仕えた相手は中宮定子です。明るく知的に物事をとらえる「をかし」の文学と呼ばれ、しみじみとした情趣「あはれ」の文学『源氏物語』(紫式部・中宮彰子に出仕)としばしば対比されます。[取り違えに注意]しましょう。
確認クイズ(3問)
Q1. 定子さまの「香炉峰の雪いかならむ」という問いかけは、誰の漢詩を踏まえたものですか。
ア 李白 イ 白居易 ウ 杜甫
答えを見る
正解:イ 解説:唐の詩人・白居易の「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」という詩句を踏まえています。清少納言はこの句のとおり、御簾を高く上げてみせました。
Q2. 「笑はせたまふ」の主語(お笑いになった人物)は誰ですか。
ア 清少納言 イ ほかの女房たち ウ 中宮定子
答えを見る
正解:ウ 解説:「せ+たまふ」は尊敬語を重ねた二重敬語(最高敬語)で、この場面で最も身分の高い中宮定子さまの動作に使われています。清少納言の機転に満足してお笑いになったのです。
Q3. 「例ならず」の意味として最も適当なものはどれですか。
ア いつもと違って イ 例年のとおり ウ 思ったとおり
答えを見る
正解:ア 解説:「例」は「いつものこと・通例」、「ならず」は「〜ではない」。雪が深いので、いつもは昼間に下ろさない御格子を、めずらしく下ろしている状況を表しています。
6. 白居易の漢詩をもっとくわしく



この場面を本当に理解するには、もとになった漢詩を知っておくことが欠かせません。下敷きになっているのは、唐の詩人・白居易(白楽天〈はくらくてん〉とも呼ばれます)の漢詩です。白居易は左遷されて江州(こうしゅう)の司馬(しば)という役職にあったとき、廬山(ろざん)のふもとに小さな草庵(そうあん/草ぶきの家)を結びました。その暮らしをうたった詩の中に、次の二句があります。
- 遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き(遺愛寺の鐘の音は、枕から頭を持ち上げるようにして聴き)
- 香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看(み)る(香炉峰の雪は、簾を巻き上げて眺める)
「香炉峰」は廬山にある峰の名前で、その姿が香炉(お香をたく器)に似ていることからこう呼ばれます。白居易は寒い日にわざわざ外へ出るのではなく、室内にいながら簾を巻き上げて雪景色を楽しんだ、という風流な情景をよんでいるのです。中宮定子さまの「香炉峰の雪はどうであろうか」という問いは、この有名な詩句を当然知っているものとして投げかけた、いわば知的ななぞかけでした。清少納言が言葉で「白居易の詩にこうあります」と答えるのは野暮(やぼ)。詩のとおりに御簾を巻き上げてみせることで、「ちゃんとわかっていますよ」と機転よく答えたところに、この章段のおもしろさがあります。
7. 読解のポイント ― ここを押さえれば差がつく
① 「御格子」と「御簾」のちがい
この場面には「御格子(みこうし)」と「御簾(みす)」という二つの建具が出てきて、混同しやすいところです。御格子は木を格子状に組んだ雨戸のような板戸で、上げ下げして開け閉めします。御簾はその内側に垂らす、すだれのことです。雪が深いので、いつもは昼間に下ろさない御格子を例外的に下ろしていた(=「例ならず御格子まゐりて」)状況です。清少納言はまず人に命じて御格子を上げさせ、さらに自分で御簾を高く巻き上げました。[「撥(かか)げて看る」という詩句を再現するためには、御簾を上げることが大事]だった、という点を押さえましょう。
② 「まゐる」が「下ろす」になる不思議
「御格子まゐる」の「まゐる」は、ふつう「参上する・差し上げる」の意味で習いますが、ここでは御格子を上げ下げする動作の謙譲表現として使われています。文脈によって「上げる」「下ろす」どちらにもなりますが、この場面では雪のため室内を暖かく保とうとしているので[「下ろす」]と訳すのが自然です。「まゐる」には「(貴人のために)何かをして差し上げる」という幅広い意味があることを知っておくと、読解がぐっと楽になります。
③ 「なほこの宮の人にはさべきなめり」の含み
最後に女房たちが口にする「なほこの宮の人にはさべきなめり」は、清少納言への賞賛であると同時に、中宮定子さまのサロン(後宮の文化的な集まり)の格の高さをたたえる言葉でもあります。「やはり(なほ)、この中宮さまにお仕えする女房は、これくらいの教養と機転がなくては」という意味で、清少納言が定子さまに仕える誇りをにじませた一文です。『枕草子』全体に流れる、定子サロンへの敬愛と自負を読み取ることが、この章段の深い味わいにつながります。
8. つまずきやすいポイントと入試での問われ方
- 使役の「さす」と尊敬の「す」の見分け…「御格子上げさせて」の「させ」は使役(人に上げさせた)、「笑はせたまふ」の「せ」は尊敬。下に尊敬語(たまふ等)が続けば尊敬、続かなければ使役が見分けの基本。ただし例外もあるので、文脈で「誰が誰にさせたか」を必ず確認します。
- 二重敬語(最高敬語)の主語判定…「せたまふ」「させたまふ」の形は、その場面で最も身分の高い人物(ここでは中宮定子)の動作を表すことが多い、と覚えておくと主語をすばやく特定できます。
- 係り結びの結びの形…「思ひこそよらざりつれ」は「こそ」を受けて文末が已然形「つれ」。「こそ→已然形」は最頻出。穴埋め問題で「つる」と書いてしまうミスに注意。
- 作者・主君・文学史の取り違え…『枕草子』=清少納言・中宮定子・「をかし」、『源氏物語』=紫式部・中宮彰子・「あはれ」。定子と彰子、清少納言と紫式部を逆にしないこと。
入試・定期テストでは、①御簾を上げた行動が白居易のどの詩句に基づくかの説明、②「笑はせたまふ」の主語と敬語の種類、③「させ」「せ」の文法的意味(使役か尊敬か)、④清少納言の応答が「機知に富む」とされる理由がくり返し問われます。とくに④は記述問題で頻出なので、[「言葉ではなく行動で漢詩の教養を示したから」]という要点を自分の言葉で書けるようにしておきましょう。
9. ミニ練習問題(解答つき)
問1 傍線部「御格子上げさせて」の「させ」と、「笑はせたまふ」の「せ」は、それぞれ文法的にどのような意味か答えなさい。
問2 清少納言が中宮定子さまの問いに対して、言葉で答えずに御簾を高く上げてみせたのはなぜか。三十字以内で説明しなさい。
問3 「思ひこそよらざりつれ」について、(1)文末が已然形「つれ」になっている理由を、文法用語を用いて答えなさい。(2)現代語訳しなさい。
問4 この章段の出典である『枕草子』の作者名と、その文学の特徴を表す言葉(一語)を答えなさい。
《解答》
- 問1 「させ」=使役の助動詞「さす」の連用形(清少納言が人に御格子を上げさせた)。「せ」=尊敬の助動詞「す」の連用形(下に尊敬の補助動詞「たまふ」が続き、中宮定子さまへの敬意を表す)。
- 問2 白居易の詩句「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」を、言葉ではなく行動で示すため。(二十九字)
- 問3 (1)係助詞「こそ」を受けて、文末が已然形で結ばれているから(係り結びの法則)。(2)(御簾を上げてみせるとは)思いつきもしませんでした。
- 問4 作者=清少納言。文学の特徴を表す言葉=「をかし」。
10. よくある質問(Q&A)
Q1. 「香炉峰」はどこにある山ですか。
A. 中国・江西省にある廬山(ろざん)の峰の一つです。形が香炉(お香をたく器)に似ていることからこの名がつきました。白居易が左遷されていた時期に近くで暮らし、その雪景色を詩によみました。
Q2. なぜ清少納言は言葉で答えなかったのですか。
A. 中宮定子さまの問いは、白居易の詩を知っているかどうかを試す知的ななぞかけでした。詩を口で説明するのではなく、詩のとおりに御簾を巻き上げてみせることで、「わかっています」と粋(いき)に答えたのです。これが「機知」「当意即妙(とういそくみょう)」と評される理由です。
Q3. 「をかし」と「あはれ」はどう違うのですか。
A. 「をかし」は知的で明るく、物事を「おもしろい・趣がある」と感じる美意識で、『枕草子』を代表します。一方「あはれ」はしみじみと心を動かされる情趣で、『源氏物語』を代表します。この章段の機知あふれる雰囲気は、まさに「をかし」の文学の好例です。
Q4. 中宮定子さまはどんな人物ですか。
A. 一条天皇の后(きさき)で、清少納言が仕えた主君です。漢詩や和歌に通じた教養人で、明るく才気に富んだサロンを築きました。『枕草子』には、定子さまへの深い敬愛がいたるところににじんでいます。
11. この章段の学びを一言で
「香炉峰の雪」は、漢詩の教養を行動で示すという、平安貴族の知的な遊び心が凝縮された名場面です。本文を読むときは、(1)もとになった白居易の詩句、(2)御格子と御簾のちがい、(3)使役と尊敬の助動詞の見分け、(4)係り結び、の四点を意識すると、内容も文法もすっきり整理できます。テスト前には、本文を声に出して読みながら現代語訳が自然に浮かぶまでくり返し、最後に下のドリルや確認テストで仕上げましょう。
まとめ
・定子さまの問いは、白居易の詩句「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」を踏まえたなぞかけ。
・清少納言は言葉でなく御簾を高く上げる行動で答えた=機知(当意即妙)。
・「笑はせたまふ」=二重敬語。主語は中宮定子。
・「御格子上げさせて」の「させ」は使役。尊敬の「せ」との見分けが頻出。
・「思ひこそよらざりつれ」=係り結び(こそ→已然形「つれ」)。
・『枕草子』=平安時代中期の随筆。「をかし」の文学。『源氏物語』(あはれ)と対比して覚える。

📗 参考書・問題集で対策するなら|塾長が古文・漢文の市販教材を目的別に正直レビューしています。目的別おすすめを見る →
[広告・PR]
動画で授業を受けたい人へ
誰でも古典塾は「読んで覚える」無料テキスト専門で、動画授業はありません。「文字だけだと入りにくい」「授業を聞いて理解したい」人は、動画授業のスタディサプリ(古文・漢文=岡本梨奈先生)が相棒になります。


コメント