はじめに ― 「完璧」ってもともと“宝玉の話”だった
テストの答案やプレゼンに「完璧(かんぺき)」と書くとき、その字をよく見てください。「璧」は「玉(たま)」を含む字で、もともと輪のかたちをした平たい宝玉のことです。じつは「完璧」という言葉は、ひとりの臣下が一つの宝玉を傷ひとつつけずに祖国へ持ち帰った、命がけの外交エピソードから生まれました。
舞台は中国の戦国時代。強国・秦(しん)にだまされそうになりながら、知恵と度胸でまんまと宝玉を守り抜いた男――それが趙(ちょう)の藺相如(りんしょうじょ)です。この記事では、漢文の書き下し文・現代語訳・句法のポイントを、はじめての人にもわかるように一つずつ見ていきます。
先生と生徒の会話でイメージをつかもう
生徒:先生、「完璧」って“カンペキ”の意味ですよね。なんで漢文に出てくるんですか?
先生:いい質問だね。「璧」は“宝玉”、「完」は“まっとうする・無傷で保つ”。つまり「璧を完(まった)きまま持ち帰る」のが本来の意味なんだ。
生徒:持ち帰る? 誰から?
先生:強国の秦の王からさ。秦王が「城を十五あげるから、その宝玉とこうかんしよう」ともちかけてくる。でもそれは口だけのウソ。藺相如はそれを見抜いて、頭ごと璧を砕いてみせるぞとおどしながら取り返すんだ。
生徒:こわっ。でもカッコいいですね。
先生:そうだろう。知略(ちりゃく)と度胸の物語として読むと、漢文がぐっとおもしろくなるよ。
書き下し文
※原文は白文(はくぶん=漢字だけの文)に訓点をつけて読みますが、ここでは読みやすいように書き下し文(訓読して日本語の文に直したもの)で示します。
趙(ちょう)の恵文王(けいぶんおう)、嘗(かつ)て楚(そ)の和氏(かし)の璧(へき)を得(え)たり。秦(しん)の昭王(しょうおう)、十五城(じゅうごじょう)を以(もっ)て之(これ)に易(か)へんことを請(こ)ふ。
与(あた)へざらんと欲(ほっ)すれば、秦の強(つよ)きを畏(おそ)れ、与へんと欲すれば、欺(あざむ)かるるを恐(おそ)る。
藺相如(りんしょうじょ)曰(いは)く、「願(ねが)はくは璧を奉(ほう)じて往(ゆ)かん。城(しろ)入(い)らずんば、則(すなは)ち臣(しん)請(こ)ふ、璧を完(まつと)うして帰(かへ)らん」と。
既(すで)に至(いた)る。秦王、城を償(つぐな)ふに意(い)無(な)し。相如乃(すなは)ち紿(あざむ)きて璧を取る。怒髪(どはつ)冠(かんむり)を指(さ)す。柱下(ちゅうか)に却立(きゃくりつ)して曰く、「臣が頭(こうべ)は璧と倶(とも)に砕(くだ)けん」と。
従者(じゅうしゃ)をして璧を懐(いだ)きて、間行(かんこう)して先(ま)づ帰(かへ)らしめ、身(み)は命(めい)を秦に待(ま)つ。秦の昭王、賢(けん)として之を帰(かへ)らしむ。
現代語訳
趙の恵文王は、以前、楚の国の和氏の璧(かしのへき=名高い宝玉)を手に入れていた。すると秦の昭王が、「十五の城と引きかえに、その璧をこちらにゆずってほしい」と申し入れてきた。
趙としては、渡さないでおこうとすれば、強国・秦の力がこわい。かといって渡せば、(城をくれず)だまされるのではないかとこわい。そんな板ばさみの状態だった。
そこで藺相如が申し出た。「どうか私が璧をささげ持って(秦へ)まいりましょう。もし(約束の)城が手に入らなければ、私が責任をもって、璧を無傷のまま持ち帰ってまいります」と。
こうして秦に到着した。ところが秦王には、城を代償として与える気などまるでなかった。そこで藺相如は、(「璧に傷がある」とうそを言って)たくみにだまし、璧を取り返した。そして怒りのあまり髪の毛が逆立って冠を突き上げるほどになり、柱を背にあとずさって立つと、こう言い放った。「私の頭は、この璧もろとも砕けることになりましょうぞ(=渡せと迫るなら、頭で柱に打ちつけて璧ごとくだいてやる)」と。
(そうして秦王をひるませているうちに)藺相如は、お供の者に璧をふところに抱かせ、人目をしのんでこっそりと、ひと足先に趙へ帰らせた。そして自分自身は秦にとどまり、(処分の)命令を待った。秦の昭王は、(藺相如を)賢明な人物だと認めて、無事に帰国させた。
こうして璧は傷ひとつなく趙へもどった――これが「完璧」という言葉の由来である。
重要語句・句法のポイント
| 語句・句法 | 読み/意味 | 解説 |
|---|---|---|
| 璧 | へき(輪形の宝玉) | 「玉」を含む字。今の「壁(かべ/土へん)」とは別字なので書き分けに注意。 |
| 易之 | これにかへんと | 「易(か)ふ」は“交換する”。璧と城を取りかえる、の意。 |
| 欲~ | ~んとほっす | 「~しようとする」。意志・願望を表す重要表現。 |
| 恐見欺 | あざむかるるをおそる | 「見+動詞」で受身。「見欺」=“だまされる”。受身の見分けの定番。 |
| 願奉璧往 | ねがはくは~ん | 「願はくは~ん」で“どうか~したい”という願望・申し出。 |
| 城不入、則… | ~ずんば、すなはち… | 仮定条件。「もし~しなければ、そのときは…」。 |
| 完璧而帰 | へきをまつとうしてかへらん | 「完」は“まっとうする・無傷で保つ”。故事成語「完璧」の出どころ。 |
| 紿 | あざむ(きて) | “うまくだます”。璧に傷があると言って取り返した行為。 |
| 怒髪指冠 | どはつかんむりをさす | 怒りで髪が逆立ち冠を突き上げる=激怒のたとえ。「怒髪天を衝(つ)く」と同系。 |
| 間行 | かんこう | “人目をしのんでこっそり行く・忍び歩き”。 |
| 使A懐璧…帰 | Aをして~かへらしむ | 使役「使(し)む」。「Aに~させる」。「賢として之を帰らしむ」も同じ使役。 |
読解のポイント
① 趙が抱えた「渡しても渡さなくてもこわい」ジレンマ
物語の前提は、強国・秦と弱国・趙の力の差です。「与へざらんと欲すれば秦の強きを畏れ、与へんと欲すれば欺かるるを恐る」という一文に、板ばさみの緊張がぎゅっと詰まっています。ここを押さえると、藺相如の申し出がどれだけ大胆かが伝わります。
② 「完璧而帰」――言葉どおりに実行する男
藺相如は出発前に「城が手に入らなければ璧を完(まった)きまま帰す」と宣言し、最後に本当にやり遂げます。宣言(伏線)→実行(回収)という構成を意識して読むと、なぜこの話から「完璧」という語が生まれたのかが腑に落ちます。
③ おどし・だまし・身代わり――三段がまえの知略
璧を取り返す「紿(あざむ)く」、頭で砕くとおどす「怒髪冠を指す」、お供に先に帰らせる「間行」。武力ではなく頭脳で切りぬける流れを順に追うのが、この文章を読むコツです。
作品紹介 ― 『十八史略』とは
「完璧」の話は、『十八史略(じゅうはっしりゃく)』という歴史読本に収められています。これは南宋末から元のはじめにかけての学者曾先之(そうせんし)が、『史記』をはじめとする十八種の正史(中国の正式な歴史書)を、初学者向けにやさしく要約・編集した歴史の入門書です(ジャンルは歴史書/読本)。伝説の三皇五帝の時代から南宋までを、年代順(編年体)にたどります。
もとになった同じ逸話は、司馬遷(しばせん)の『史記』「廉頗藺相如列伝(れんぱりんしょうじょれつでん)」にも、より詳しく描かれています。『十八史略』はそれをコンパクトにまとめ直した版と考えるとよいでしょう。なお藺相如はこの後、「刎頸(ふんけい)の交わり」の名将・廉頗とのエピソードでも有名になります。
定期テストで問われやすいポイント
- 故事成語の意味と由来:「完璧」がどんな話から生まれ、本来どういう意味か(=璧を無傷のまま持ち帰ること)。
- 受身「見欺」:「見+動詞=~される」を見抜けるか。書き下し「欺かるる」とセットで頻出。
- 使役「使~しむ」:「従者をして…帰らしむ」「賢として之を帰らしむ」の訳し方(~に…させる)。
- 仮定「城入らずんば、則ち…」:「もし~なければ」の訳。
- 語の意味記述:「怒髪冠を指す」「間行」「紿く」が表す内容を自分の言葉で説明させる問題。
- 書き分け:「璧(宝玉)」と「壁(かべ)」を混同しないこと。
まとめ
「完璧」とは、もともと「璧を完(まった)きまま守り抜く」こと。藺相如は、強国・秦の前でだまし・おどし・身代わりを巧みに使い分け、一つの宝玉を傷ひとつつけず祖国へもどしました。漢文としては、受身「見」・使役「使」・仮定「ずんば則ち」という超頻出の句法が一度に学べる、とても“おいしい”教材です。
言葉の由来までイメージできれば、「完璧」という二文字を見るたびに、柱を背に冠を逆立てて立つ藺相如の姿が浮かぶはず。それこそが、この物語をまるごと自分のものにできた証です。
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