なぜ「敦盛の最期」はテストに出るの?
『平家物語』の「敦盛(あつもり)の最期」は、中学・高校の教科書にとてもよく載っている超有名な場面です。なぜこれほど頻出なのでしょうか。理由は大きく三つあります。
一つめは、戦(いくさ)の非情さがはっきり描かれていること。二つめは、敵を討たなければならない武士が、相手をかわいそうに思って心を痛める「武士の情け」という気持ちが読み取れること。三つめは、命のはかなさを感じる無常観(むじょうかん)という、古典文学の大事なテーマがつまっていることです。
つまり、たった一つの場面の中に「人を殺さなければいけない悲しさ」と「人を思いやる心」が同時に描かれているので、登場人物の心情を問う問題がとても作りやすいのです。物語全体の流れは平家物語のあらすじでつかんでおくと、この場面がぐっと分かりやすくなります。
あらすじ ― 一の谷で起きたこと
舞台は『平家物語』巻九、一の谷の戦いです。源氏の攻撃で平家は総くずれになり、武将たちは助け舟をめざして海へと逃げていきます。
源氏方の武将熊谷直実(くまがいなおざね)は、立派な装束(しょうぞく)の若武者がただ一騎、海へ向かって馬を泳がせているのを見つけます。直実は扇を上げ、「卑怯にも敵に後ろを見せるのか、お戻りなさい」と招き返しました。若武者はそれに応じて引き返し、二人は波打ちぎわで組み討ちになります。
直実は相手を組み伏せ、首を取ろうと兜(かぶと)を押し上げました。すると、その顔は十六、七歳ほど、薄化粧をしてお歯黒をつけた美しい貴公子だったのです。直実には、ちょうど同じ年ごろの息子小次郎(こじろう)がいました。わが子が軽いけがをしただけでも胸が痛むのに……と思うと、とても討つ気になれません。
「お助けしたい」。そう思って後ろを見ると、味方の源氏(土肥(とい)・梶原(かじわら)たち五十騎ほど)がもう近づいていました。どうせ逃がしてあげることはできない。ほかの者に討たれるくらいなら、せめて自分が討って後で供養(くよう)してさしあげようと、直実は泣く泣く首を討ちます。
あとで分かったのは、その若武者が平家の公達(きんだち)平敦盛で、腰に笛を差していたこと。明け方、城の中で美しい音楽を奏でていたのはこの人たちだったのか――直実は戦をする身のむなしさを思い知り、のちに出家(しゅっけ)することになります。
名場面の原文(短い引用と訳)
直実が若武者を呼び戻す、有名な呼びかけです。
「あはれ、大将軍とこそ見参らせ候へ。まさなうも敵にうしろを見せさせ給ふものかな。かへさせ給へ」と扇をあげてまねきければ……
(訳:「ああ、立派な大将軍とお見受けします。卑怯にも敵に後ろをお見せになるのですか。お戻りください」と扇を上げて招いたところ……)
討つことをためらった直実が、苦しみながら決心する場面です。
「人手にかけ参らせんより、同じくは直実が手にかけ参らせて、後の御孝養をこそ仕り候はめ」
(訳:他人の手におかけ申すよりは、同じことなら直実の手におかけ申して、後できっとご供養いたしましょう。)
笛を見つけ、心を打たれる場面です。
錦の袋に入れたる笛をぞ腰にさされたる。「あな、いとほし。この暁、城のうちにて管絃し給ひつるは、この人々にておはしけり」
(訳:錦の袋に入れた笛を腰に差していらっしゃった。「ああ、おいたわしい。今日の明け方、城の中で管弦(音楽)をなさっていたのは、この方々だったのだ」)
出典:『平家物語』巻九「敦盛最期」
重要古語・文法ポイント
| 語・表現 | 意味・はたらき | ここでのポイント |
|---|---|---|
| あはれ | ああ(しみじみとした感動) | 美しさや悲しさに心を動かされる「もののあはれ」の気持ち。 |
| いとほし | 気の毒だ・かわいそうだ | 現代語の「いとしい」とちがい、ここでは「気の毒だ」の意味。 |
| ゆゆし | 並々でない・りっぱだ(よい意味でも悪い意味でも) | 程度がはなはだしいことを表す。文脈で良し悪しを判断する。 |
| まさなし | よくない・卑怯だ | 「まさなうも」は「卑怯にも」。敵に後ろを見せる態度を非難する語。 |
| こそ〜め | 係り結び(強調) | 「孝養をこそ仕り候はめ」。「こそ」を受けて文末が已然形「め」で結ばれる。 |
| ぞ〜ける | 係り結び(強調) | 「腰にぞさされたる」「泣く泣く頸をぞかいてんげる」。「ぞ」は連体形で結ぶ。 |
| 参らす/給ふ・候ふ | 敬語(謙譲・尊敬・丁寧) | 「見参らせ候へ」「見せさせ給ふ」。敵である敦盛を、直実が敬って扱っている点が読みどころ。 |
「こそ〜め」のように、特定の語を受けて文末の形が変わるきまりが係り結びの法則です。くわしくは係り結びの法則でおさらいしましょう。
テストでの問われ方
この場面では、次のような問いがよく出ます。
- 心情の読み取り:「直実が泣く泣く首を討ったのはなぜか」。→「逃がしたくても味方が迫っていて逃がせず、他人に討たれるくらいなら自分が討って供養しようと思ったから」と説明できるかがカギ。
- 古語の意味:「いとほし」を現代語の「いとしい」と訳すと×。「気の毒だ」が正解。「まさなし=卑怯だ・よくない」も頻出。
- 係り結び:「こそ」「ぞ」を見つけ、結びの語(已然形・連体形)を答えさせる問題。
- 敬語:「参らす」が謙譲語、「給ふ」が尊敬語であることや、誰が誰を敬っているかを問う問題。
- 主題:「この話に表れている考え方を答えよ」→無常観・武士の情け・もののあはれ。
同じ巻九でも、扇の的を射る華やかな名場面とくらべると雰囲気が正反対です。あわせて那須与一の解説を読むと、平家物語の「明」と「暗」が見えてきます。
まとめ
「敦盛の最期」は、敵を討たなければならない武士の悲しみと、若く美しい命が散るはかなさを描いた名場面です。直実は、息子と同じ年ごろの敦盛を討ったことをきっかけに、戦の世のむなしさ=無常を深く感じ、のちに出家します。
テスト対策としては、(1)「いとほし」「まさなし」などの古語の意味、(2)「こそ〜め」の係り結び、(3)「参らす・給ふ」の敬語、(4)直実が泣く泣く討った理由(=心情)、この四つをおさえれば安心です。短い場面ですが、古文の大事な要素がぎゅっとつまった、まさに「読むべき名場面」と言えるでしょう。

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