はじめに ― なぜ「児のそら寝」は超頻出なのか
「児のそら寝(ちごのそらね)」は、鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』のお話です。中学の教科書にも、高校1年の古文の最初のほうにも、とてもよく出てきます。
理由はかんたんで、短くて・オチがおもしろくて・古文の基本が詰まっているからです。ぼたもちを楽しみにした子どもがカッコつけて失敗する人間味あふれる話で、思わずクスッとしてしまいます。さらに「ねぶたし」「わびし」「念ず」など、テストでねらわれる重要古語がたくさん登場します。だから「最初に習う古文」としてぴったりなのです。
この記事では、あらすじ・原文の名場面・重要古語・テスト対策を順に見ていきます。
あらすじ ― ぼたもちを待つ子どもの「やせがまん」
舞台は、比叡山(ひえいざん)のお寺の僧坊(お坊さんたちの住む所)。ここに、ひとりの稚児(ちご)=寺で暮らす少年がいました。
ある夜、お坊さんたちが、ひまつぶしに「さあ、ぼたもち(かいもちひ)でも作ろう」と言い出します。それを聞いた稚児は、内心とても楽しみにしました。
でも、「出来上がるのを起きて待つのも、みっともない」と思い、稚児は部屋のすみで寝たふりをして待つことにします。
やがてぼたもちが出来あがり、お坊さんが「もしもし、目をお覚ましなさい」と起こしに来ます。ここで稚児は考えます。「一度ですぐ返事をしたら、《待ってました》とバレて体裁が悪い。もう一度呼ばれてから返事をしよう」と。そこで、わざと返事をせずがまんしていました。
ところが、そこへ別のお坊さんが「もう起こすな。幼い人は寝てしまわれたよ」と言い、みんなはそのままぼたもちを食べ始めてしまいます。むしゃむしゃと食べる音だけが聞こえ、稚児は内心がっかり。けれど、今さら「起きてました」とも言えません。
どうしようもなくなった稚児は、ずいぶん時間がたってから、ようやく「はい」と返事をしてしまいました。お坊さんたちは、そのぬけたタイミングにどっと大笑いしたのでした。
名場面の原文 ― 短い引用と現代語訳
テストで引用されやすい部分を、出典『宇治拾遺物語』の原文(旧仮名づかい)と訳でならべます。
【1】寝たふりを決めた場面
原文:「さりとて、し出ださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと思ひて、片方に寄りて、寝たるよしにて、出で来るを待ちけるに」
訳:「そうかといって、(ぼたもちを)作り上げるのを待って寝ないでいるのも、みっともないだろうと思って、(部屋の)かたすみに寄って、寝たふりをして、(ぼたもちが)出てくるのを待っていたところ」
【2】わざと返事をしなかった場面
原文:「うれしとは思へども、ただ一度にいらへむも、待ちけるかともぞ思ふとて、今一声呼ばれていらへむと、念じて寝たるほどに」
訳:「うれしいとは思うけれど、たった一度で返事をするのも、《待っていたのかな》と思われるとまずいと思って、もう一声呼ばれてから返事をしようと、がまんして寝ているうちに」
【3】みんなが食べ始めてしまう場面と、オチ
原文:「ひしひしと、ただ食ひに食ふ音のしければ、すべなくて、無期(むご)ののちに、『えい。』といらへたりければ、僧たち笑ふこと限りなし。」
訳:「むしゃむしゃと、ただひたすら食べる音がしたので、(稚児は)どうしようもなくて、長い時間がたってから、『はい。』と返事をしたところ、お坊さんたちは笑うことこのうえなかった。」
※結びの「えい」は、間のぬけたタイミングでの返事。この一語が、この説話の笑いの山場です。
重要古語・文法ポイント
この話で必ずおさえておきたい古語をまとめます。意味は入試の標準的な訳に合わせています。
| 古語 | 意味(現代語訳) | ひとことメモ |
| かいもちひ | ぼたもち(おはぎ)の類い | 「かひもちひ」とも。話の発端になる食べ物 |
| そら寝 | 寝たふり/うその眠り | 「そら(空)=うわべだけ・うその」の意。題名そのもの |
| ねぶたし | 眠い | 形容詞。現代語「ねむたい」のもと |
| わびし | がっかりだ/つらい・興ざめだ | 食べそこねた稚児の気持ち。心が動く古文の形容詞もあわせてどうぞ |
| 念ず | がまんする/じっとこらえる | 「念じて寝たるほどに」=がまんして寝ているうちに |
| すべなし(ずちなし) | どうしようもない/なすすべがない | 教科書により「すべなくて」「ずちなくて」どちらの表記もある(同じ意味) |
| ひしひしと | むしゃむしゃと(食べる音の様子) | 擬音・擬態を表す。食べる音が稚児に聞こえてくる |
| いらへ(いらふ) | 返事/返事をする | 名詞「いらへ」、動詞「いらふ(下二段)」。「えい」といらへたり=「はい」と返事した |
| 無期(むご)の | 長い間 | 「無期ののちに」=ずいぶん時間がたってから |
文法のポイント。「いざ、かいもちひせむ」の「せむ」は、サ変動詞「す」+意志の助動詞「む」で「〜しよう」の意味。「今一声呼ばれていらへむ」の「む」も意志です。「待ちけるかともぞ思ふ」の「もぞ」は「〜したら困る・〜するとまずい」という心配を表す形で、稚児がカッコつける心理の決め手になっています。
テストでの問われ方
定期テストや入試では、次のような形で問われやすいです。
| 問われ方 | 答え方のコツ |
| 古語の意味(ねぶたし・わびし・念ず・すべなし) | 上の表のとおり。とくに「念ず=がまんする」「わびし=がっかりだ」は頻出 |
| 「なぜ稚児はすぐに返事をしなかったのか」 | 一度で返事をすると「待っていた」とばれて体裁が悪いから、と書く |
| 「僧たちが笑った理由」 | 食べ終わったずっとあとに、間のぬけたタイミングで稚児が「はい」と返事をしたから |
| 主語をおぎなう問題(誰がした動作か) | 「呼ぶ・食ふ・笑ふ」は僧たち、「念ず・いらふ」は稚児、と区別する |
| 「えい」の意味と、この語の効果 | 「はい」という返事。遅すぎる返事が笑いを生む、と説明できるとよい |
古文では「主語が省かれる」のがふつうです。この話の登場人物は「稚児」と「僧たち」だけなので、誰の動作かを取りちがえないことが得点のカギです。
作品の背景 ― 『宇治拾遺物語』ってどんな本?
『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』は、鎌倉時代の前期に成立したとされる説話集です。編者ははっきりわかっておらず、未詳とされています。全部で約二百もの短いお話が集められていて、その内容はとても幅広いのが特徴です。仏教の教えにまつわるありがたい話、こっけいで笑ってしまう話、不思議な話、教訓を伝える話などが、分けへだてなく並んでいます。
「児のそら寝」は、その中でもこっけいな失敗談に分類されるお話です。お坊さんやお寺の少年といった、当時の人々のふだんの暮らしぶりが、いきいきと描かれています。むずかしい教えを説くのではなく、「人間って、こういうところでカッコをつけて失敗するよね」という、いつの時代にも通じる人間味を、ほんの数行でみごとに切り取っているのです。説話集ならではの、肩の力を抜いて楽しめる一編だといえます。
ちなみに「説話」とは、人々の間で語り伝えられてきた短いお話のこと。作者が一から創作した物語とはちがい、もともと口で語られていた話を文章に書きとめた、という性格を持っています。だからこそ、文章が短く、テンポがよく、オチがはっきりしているのです。「児のそら寝」のリズムのよさも、この「語り」の性格から生まれています。
「稚児」とは何者か ― 当時のお寺の暮らし
この話の主人公は稚児(ちご)です。「稚児」とは、お寺で生活しながら、お坊さんのお世話を受けたり、読み書きや作法を学んだりしていた少年のことを指します。今でいえば、寺院に預けられて勉強している子ども、というイメージです。まだ正式なお坊さんにはなっていない、いわば見習いの立場でした。
稚児はまだ子どもですから、夜ふけに作られるぼたもちが楽しみで仕方ありません。けれども、まわりは大人のお坊さんばかり。子どもっぽく「食べたい、食べたい」とはしゃぐのは、ちょっと恥ずかしい――。この「子どもなのに大人ぶりたい」という、いじらしくも背伸びした気持ちが、この話のおもしろさの出発点になっています。場面の舞台が比叡山のお寺であることをおさえておくと、登場人物の関係がぐっとわかりやすくなります。
登場人物の心の動きを追ってみよう
この説話の読みどころは、なんといっても稚児の心の移り変わりです。短いお話の中に、気持ちがくるくると変わっていく様子がぎゅっとつまっています。順を追って整理してみましょう。
- 期待…「ぼたもちを作ろう」と聞いて、うれしくてたまらない。
- 見栄(みえ)…「待っているのを見られたら、みっともない」と思い、わざと寝たふりをする。
- さらなる見栄…呼ばれても、「一度で返事をしたら《待ってた》とバレる」と考え、もう一度呼ばれるまでがまんする。
- あせり・後悔…ところが二度目は呼ばれず、みんなが食べ始めてしまう。返事をするタイミングを失い、どうしようもなくなる。
- あきらめの一言…ずいぶんたってから、思い切って「えい(はい)」と返事をしてしまう。
ポイントは、稚児の失敗が「やりすぎた見栄」から生まれていることです。一度はカッコをつけてうまくいきそうだったのに、欲を出して「もう一声呼ばれてから」とがまんしたせいで、すべてを台無しにしてしまいました。読者はこの「あちゃー」という展開に、思わず笑ってしまうのです。テストでも「稚児の心情の変化を説明せよ」という形で問われることがあるので、この流れは言葉で説明できるようにしておきましょう。
つまずきやすいポイント
「児のそら寝」を読むとき、高校生がつまずきやすいところを先回りして整理しておきます。ここをクリアできれば、テストでの取りこぼしがぐっと減ります。
- 主語の省略…古文では主語が書かれないのがふつうです。「呼ぶ・食ふ・笑ふ」をしたのは僧たち、「念ず・いらふ」をしたのは稚児、という具合に、動作の主を自分でおぎなって読みましょう。
- 「いらへむ」の「む」…「返事をしよう」という意志の助動詞です。「〜だろう」という推量とまちがえやすいので注意。主語が「私(稚児)」のときの「む」は、ほぼ意志だと考えると見分けやすくなります。
- 「もぞ」のニュアンス…「待ちけるかともぞ思ふ」の「もぞ」は、「〜したら困る・〜するとまずい」という心配・危ぐを表します。「待っていたのかな、と思われたら困る」という意味です。
- 「えい」を「えい!」と勘違いしない…この「えい」はかけ声ではなく、「はい」という返事です。間のぬけたタイミングの返事だからこそ、笑いを生みます。
- 「わろし」と「わびし」の区別…「わろかりなむ」の「わろし」は「みっともない・よくない」、稚児の気持ちを表す「わびし」は「がっかりだ・つらい」。にているので意味をはっきり分けておきましょう。
ミニ練習問題(解答つき)
覚えたことを使って、実際に解いてみましょう。答えはすぐ下にあります。まず自分で考えてから確認してください。
問1 次の古語の意味を答えなさい。 (1) ねぶたし (2) 念ず (3) わびし (4) すべなし
問2 「今一声呼ばれていらへむ」の「む」の意味を、次から選びなさい。 ア.推量 イ.意志 ウ.勧誘
問3 稚児が、ぼたもちが出来上がってもすぐに返事をしなかったのはなぜか。理由を簡単に説明しなさい。
問4 最後に僧たちが大笑いしたのはなぜか。説明しなさい。
【解答】
- 問1 (1) 眠い (2) がまんする・じっとこらえる (3) がっかりだ・つらい (4) どうしようもない・なすすべがない
- 問2 イ.意志(「返事をしよう」という稚児自身の気持ちを表す)
- 問3 一度で返事をすると「(ぼたもちを)待っていた」とばれて体裁が悪いと思ったから。もう一声呼ばれてから返事をしようと考えたため。
- 問4 みんながぼたもちを食べ終わったずっとあとに、稚児が間のぬけたタイミングで「えい(はい)」と返事をしたから。
よくある質問(Q&A)
Q. 「かいもちひ」は、本当にぼたもちのことですか?
A. 「かいもちひ」は、もち米などをついて作った食べ物で、ぼたもち(おはぎ)の類いだと考えられています。教科書でもふつう「ぼたもち」と訳されます。当時のお坊さんたちにとって、夜のちょっとしたごちそうだったのですね。
Q. なぜ題名が「そら寝」なのですか?
A. 「そら(空)」には「うわべだけの・うその」という意味があります。「そら寝」は「うその眠り=寝たふり」のこと。稚児が寝たふりをしたことが、この話のすべての始まりなので、題名にぴったりなのです。「そらごと(うそ)」「そらだのめ(あてにならない期待)」など、「そら〜」の語はほかにもあります。
Q. この話の「教訓」は何ですか?
A. はっきりした教訓が書いてあるわけではありません。ただ、「見栄を張りすぎると、かえって損をする」という人間のおかしみが、自然とにじみ出ています。むずかしい教えを説くのではなく、笑いの中にそっと人間の真実をしのばせる――これが説話のうまさです。
Q. 「えい」と「いらへ」は、どう関係していますか?
A. 「いらへ」は「返事(をする)」という意味で、動詞は「いらふ」(下二段活用)です。「『えい。』といらへたり」は「『はい。』と返事をした」という意味になります。「えい」が返事の中身、「いらふ」が「返事をする」という動作、と整理しておきましょう。
📝 確認クイズ
読んだあとの腕だめし。「▶ 答えと解説」を開く前に、まず自分で考えてみましょう。
Q1. 「児のそら寝」が収められているのは、どの作品ですか。
- ア.宇治拾遺物語
- イ.徒然草
- ウ.枕草子
▶ 答えと解説
✅ ア.宇治拾遺物語
「児のそら寝」は鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』のお話です。
Q2. 稚児がぼたもちが出来上がってもすぐに返事をしなかったのは、なぜですか。
- ア.ぼたもちが嫌いだったから
- イ.一度で返事をすると「待っていた」とばれて体裁が悪いから
- ウ.本当に眠ってしまっていたから
▶ 答えと解説
✅ イ.一度で返事をすると「待っていた」とばれて体裁が悪いから
一度で返事をすると「待っていたのかな」と思われてまずいので、もう一声呼ばれてから返事をしようと考えました。
Q3. 本文の説明によると、古語「念ず」の意味はどれですか。
- ア.お祈りをする
- イ.感謝する
- ウ.がまんする/じっとこらえる
▶ 答えと解説
✅ ウ.がまんする/じっとこらえる
本文では「念ず=がまんする/じっとこらえる」と説明されています。「念じて寝たるほどに」は「がまんして寝ているうちに」の意味です。
まとめ
「児のそら寝」は、ぼたもちを楽しみにした稚児が、カッコをつけて寝たふりをした結果、食べそこねて笑われる、というお話でした。だれにでも身に覚えのある「やせがまんの失敗」を、たった数行で生き生きと描くのが、この説話の魅力です。
勉強のコツは、(1) あらすじを「待つ→寝たふり→わざと返事しない→食べられる→遅れて返事」の流れでつかむ、(2)「ねぶたし・わびし・念ず・すべなし・ひしひしと・いらへ」の重要古語をおさえる、(3)「誰の動作か」を意識して読む、の3つです。
古文の名場面解説は作品解説の一覧からどうぞ。気持ちを表す言葉は心が動く古文の形容詞でまとめて確認できます。
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