1. はじめに
『徒然草』第十段「家居のつきづきしく」は、作者の兼好法師が「住まい(家のたたずまい)」について述べた章段です。前半では「住む人にしっくり似合った、自然で落ち着いた家こそ趣がある」という美意識を語り、後半では後徳大寺の大臣・西行・綾小路宮の三人をめぐる二つのエピソードを対比させて、「同じ『縄を張る』という行為でも、その人の心しだいで評価が変わる」ことを示します。
読みどころは、兼好の好む「わざとならぬ(わざとらしくない)」自然な美と、けばけばしい人工美への批判の対比、そして「家居にこそ、ことざまはおしはからるれ(住まいを見れば人柄が分かる)」という主張です。さらに、西行が後徳大寺を見限った話に対し、綾小路宮の縄には実は優しい理由があったと分かる結末は、「見た目だけで人を判断してはいけない」という兼好の反省的な視点を伝えています。
2. 原文
【前半(住まいの理想)】
家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、ひときはしみじみと見ゆるぞかし。今めかしく、きららかならねど、木立もの古りて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子・透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔おぼえてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。
【前半(人工美への批判)】
多くの工の、心を尽くしてみがきたて、唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度どもならべおき、前栽の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。さてもやは、ながらへ住むべき。また、時の間の烟ともなりなむとぞ、うち見るより思はるる。おほかたは、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ。
【後半(後徳大寺と西行)】
後徳大寺大臣の、寝殿に鳶ゐさせじとて縄を張られたりけるを、西行が見て、「鳶のゐたらむ、何かは苦しかるべき。この殿の御心、さばかりにこそ。」とて、その後は参らざりけると聞き侍るに、
【後半(綾小路宮と小坂殿)】
綾小路宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや縄を引かれたりしかば、かのためし思ひ出でられ侍りしに、「まことや、烏の群れゐて、池の蛙を取りければ、御覧じ悲しませ給ひてなん。」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそと覚えしか。徳大寺にも、いかなる故か侍りけん。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【前半(住まいの理想)】
住まいが(住む人に)似つかわしく、好ましいようすに作ってあるのは、(この世は)仮の宿りだとは思うけれども、やはり趣のあるものだ。教養ある身分の高い人が、ゆったりと住みなしている所は、さし込んでくる月の光の色も、ひときわしみじみと見えるものだよ。当世風で派手で、きらびやかではないけれど、木立がいかにも古びていて、わざとらしくない庭の草も趣あるようすで(茂り)、簀子・透垣の配置も感じよく、室内に置いてある道具類も古風な感じで落ち着いているのこそ、奥ゆかしく見える。
【前半(人工美への批判)】
大勢の職人が、心を尽くして磨き立て、中国の、日本の、珍しく、何とも言えないほど立派な道具類を並べ置き、庭の植え込みの草木まで自然のままにせず作りこんでいるのは、見た目も見苦しく、たいそう興ざめだ。そんなふうにして、(人は)いつまでも生き続けて住めるものだろうか(いや、住めはしない)。また、(この立派な家も)たちまち煙となってしまうだろうと、ちょっと見ただけでも思われる。だいたいは、住まいによって、(住む人の)人柄は自然と推し量られるものだ。
【後半(後徳大寺と西行)】
後徳大寺の大臣が、寝殿に鳶をとまらせまいとして縄をお張りになっていたのを、西行が見て、「鳶がとまっていたとして、何の差し支えがあろうか(いや、何もない)。この殿のお心は、その程度(の狭いもの)でいらっしゃるのだ。」と言って、その後は参上しなかったと聞いておりますが、
【後半(綾小路宮と小坂殿)】
綾小路宮がお住まいの小坂殿の棟に、いつだったか縄をお引きになっていたので、あの(後徳大寺の)例が自然と思い出されましたが、(ある人が)「いやなに、烏が群がってとまって、池の蛙を取るので、(宮さまが)御覧になってお悲しみになって(縄をお引きになった)のです。」と語ったので、それでは(縄を張ったのは)すばらしいことだと思われた。後徳大寺の場合にも、何か(深い)理由があったのだろうか。
4. 重要語句
- つきづきし…似つかわしい。しっくり調和している。ふさわしい。
- あらまほし…理想的だ。望ましい。こうあってほしい。
- 仮の宿り…一時的な住まい。ここでは仏教的に、はかないこの世やこの世での住居を指す。
- よき人…身分が高く教養のある立派な人。
- わざとならず…わざとらしくない。意図的に作ったのではない自然なようす。
- 心にくし…奥ゆかしい。心ひかれて上品だ。
- えならず…何とも言えないほどすばらしい。並ひととおりでない。
- わびし…興ざめだ。みすぼらしくて情けない。つらい。
- ことざま…人柄。ありさま。ものごとのようす。
- おしはからる…自然と推し量られる。推測される。(「らる」は自発)
- 何かは苦しかるべき…何の差し支えがあろうか、いや何もない(反語)。
- いみじ…程度がはなはだしい。ここではよい意味で「すばらしい」。
5. 文法・読解のポイント
- 係り結び(こそ〜已然形/ぞ〜連体形)…「あらまほしきこそ…興あるものなれ」「心にくしと見ゆれ」のように、係助詞『こそ』は文末を已然形で結ぶ。『さし入りたる月の色も…見ゆるぞかし』の『ぞ』は連体形『見ゆる』で結ぶ。強調の働きを押さえる。
- 反語表現…西行の「鳶のゐたらむ、何かは苦しかるべき」は反語で、『何の差し支えがあろうか、いや何もない』の意。係助詞『かは』が反語を作り、『べき』(連体形)で結ぶ点に注意。
- 婉曲・仮定の助動詞『む(ん)』…「鳶のゐたらむ」の『む』は連体形で婉曲(〜ような)。「時の間の烟ともなりなむ」の『なむ』は強意の助動詞『ぬ』未然形+推量『む』で『きっと〜てしまうだろう』。終助詞『なむ』と区別する。
- 自発の助動詞『る・らる』…「ことざまはおしはからるれ」の『るれ』、「思ひ出でられ侍りし」の『られ』はいずれも自発で『自然と〜される』の意。受身・尊敬と取り違えないよう、心情・知覚を表す語に付く点で判断する。
- 尊敬語と敬意の方向…「縄を張られたり」「おはします」「御覧じ悲しませ給ひて」などは後徳大寺の大臣・綾小路宮への尊敬。とくに『御覧ず』(見るの尊敬)+『せ給ふ』(二重尊敬)で宮への高い敬意を示す。敬意の主体は作者(兼好)。
- 丁寧語『侍り』の用法…「聞き侍るに」「思ひ出でられ侍りし」「いかなる故か侍りけん」の『侍り』は丁寧語で、読み手への敬意(です・ます調)を表す。随筆の語りの調子をつくる。
- 過去・完了の助動詞の識別…「張られたりけるを」の『たり』は完了・存続、『ける』は過去。「引かれたりしかば」の『しか』は過去『き』の已然形+『ば』で確定条件。「覚えしか」の『しか』も過去『き』の已然形(こそ〜しか の係り結び)。
6. 主題・あらすじ・背景
あらすじ:前半で兼好は、住まいは住む人に似つかわしく、自然で落ち着いていてこそ趣があると説く。教養ある人の家は、古びた木立やわざとらしくない庭、古風な道具に奥ゆかしさがにじむ。逆に、職人を総動員して珍しい道具を並べ、庭まで作りこんだ家は見苦しく、しかも人もこの世も家もはかなく消えてしまうのだから、「住まいを見れば人柄が分かる」と述べる。後半では二つの例を対比する。後徳大寺の大臣が鳶よけに縄を張ったのを見た西行は、「鳶がとまって何が悪い、この殿の心はその程度だ」と見限って訪ねなくなった。一方、綾小路宮が小坂殿に縄を張っていたのも同じに見えたが、実は烏が池の蛙を取るのを宮が悲しんでのことだと聞き、それは立派なことだと感心する。そして「後徳大寺にも何か理由があったのだろうか」と結び、見た目だけで判断してはならないと示唆する。
主題:住まいはその人の人柄を映し出す。理想は、わざとらしくない自然で落ち着いたたたずまいであり、けばけばしい人工美ははかなく見苦しい。さらに、同じ「縄を張る」という行為でも、その背後の心しだいで評価は正反対になり、見た目だけで人を判断してはならない、という反省的な教訓。
背景:『徒然草』は鎌倉時代末期(14世紀前半)に兼好法師(吉田兼好)が著した随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ古典三大随筆の一つ。仏教的な無常観を背景にしつつ、人間や自然、美意識、教養について鋭く洞察した約240段からなる。第十段はその「住まい論」にあたり、当時の貴族・上流社会の屋敷を題材にしている。後徳大寺の大臣(藤原実定)は平安末〜鎌倉初期の公卿、西行は出家した歌人として知られ、綾小路宮は鎌倉後期の皇族とされる。実在の人物の逸話を引きながら、兼好の自然を尊ぶ美意識と、ものごとを多面的に見ようとする態度がよく表れた章段である。
確認クイズ(3問)
兼好が理想とする住まいは、どのようなものですか。本文の言葉を使って説明しなさい。
住む人に似つかわしく、当世風できらびやかではないが、木立が古び、わざとらしくない自然な庭で、道具も古風で落ち着いた、奥ゆかしい(心にくし)住まい。
西行は、なぜ後徳大寺の大臣のもとへ参上しなくなったのですか。
大臣が鳶よけに縄を張ったのを見て、「鳶がとまって何の差し支えがあろうか。この殿の心はその程度の狭いものだ」と見限ったから。
綾小路宮が小坂殿の棟に縄を引いたのは、どのような理由だったと語られていますか。
烏が群がってきて池の蛙を取るのを、宮が御覧になって悲しまれたため。後徳大寺の例とは違い、心の優しさからの行いだったとされる。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「あらまほし」を『あってほしくない』と逆に訳す誤り。望ましい・理想的だの意。
- 西行のことばが反語であることを見落とし、「鳶がいたら困る」と逆の意味に取ってしまう。『何かは苦しかるべき』=『何も差し支えない』。
- 「おしはからるれ」「思ひ出でられ」の『る・らる』を受身や尊敬と取ること。ここは自発(自然と〜される)。
- 前半と後半のつながり(住まい論→具体的な逸話)が読めず、二つの縄のエピソードの対比のねらいを答えられない。記述問題で頻出。
- 「御覧じ悲しませ給ひて」の敬語が誰への敬意か(綾小路宮へ。敬意の主体は作者)を問われて答えに詰まる。
8. まとめ
・前半は『住まいは自然で落ち着いたものこそ趣がある/けばけばしい人工美は見苦しくはかない』という美意識を説く。
・『おほかたは、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ』が前半の結論で、住まいに人柄が表れるという主張。
・後半は後徳大寺(西行に見限られる)と綾小路宮(実は優しい理由)の二つの『縄を張る』例を対比する。
・結末で『徳大寺にも、いかなる故か侍りけん』と述べ、見た目だけで人を判断してはいけないという反省的な視点を示す。
👉 ほかの作品は 古文作品の解説一覧 から。
📝 力試し|この作品の 定期テスト対策問題(解答つき) で本番形式の練習ができます。
📗 参考書・問題集で対策するなら|塾長が古文・漢文の市販教材を目的別に正直レビューしています。目的別おすすめを見る →
[広告・PR]
動画で授業を受けたい人へ
誰でも古典塾は「読んで覚える」無料テキスト専門で、動画授業はありません。「文字だけだと入りにくい」「授業を聞いて理解したい」人は、動画授業のスタディサプリ(古文・漢文=岡本梨奈先生)が相棒になります。


コメント