1. はじめに
秋の夜、長江に舟を浮かべて月を眺める——蘇軾(蘇東坡)の『前赤壁賦(赤壁の賦)』は、そんな美しい舟遊びの場面から始まります。ところが楽しい宴の途中、客が吹く笛の音はもの悲しく、話題はやがて「人の一生のはかなさ」へと移っていきます。英雄も時が経てば消えてしまう、自分の命など天地のあいだの一瞬にすぎない——そう嘆く客に対し、蘇軾はどう答えるのか。ここがこの作品いちばんの読みどころです。
蘇軾は「水と月」を例に出し、『変わり続けているように見えても、見方を変えれば永遠に尽きることはない』という考えを示します。目の前を流れ去る川の水も、満ち欠けする月も、実はなくなってはいない。だから短い命を嘆く必要はない、と。左遷(させん)という苦しい立場にありながら、自然のなかに心の安らぎを見いだしていく蘇軾の境地が、味わい深い名文です。高校漢文では『変と不変』の哲学と、反語・比況などの句法がよく問われます。
2. 白文・書き下し文
【白文(冒頭)】
壬戌之秋、七月既望、蘇子与客泛舟、遊於赤壁之下。清風徐来、水波不興。挙酒属客、誦明月之詩、歌窈窕之章。
【書き下し文(冒頭)】
壬戌(じんじゅつ)の秋、七月既望(きぼう)、蘇子(そし)客と舟を泛(うか)べて、赤壁の下(もと)に遊ぶ。清風徐(おもむ)ろに来たりて、水波(すいは)興(おこ)らず。酒を挙げて客に属(すす)め、明月の詩を誦(しょう)し、窈窕(ようちょう)の章を歌ふ。
【白文(舟遊びの陶酔)】
白露横江、水光接天。縦一葦之所如、凌万頃之茫然。浩浩乎如馮虚御風、而不知其所止。飄飄乎如遺世独立、羽化而登仙。
【書き下し文(舟遊びの陶酔)】
白露(はくろ)江に横たはり、水光(すいこう)天に接す。一葦(いちい)の如(ゆ)く所を縦(ほしいまま)にし、万頃(ばんけい)の茫然(ぼうぜん)たるを凌(しの)ぐ。浩浩乎(こうこうこ)として虚(きょ)に馮(よ)り風を御(ぎょ)するがごとくにして、其の止まる所を知らず。飄飄乎(ひょうひょうこ)として世を遺(わす)れて独立し、羽化(うか)して登仙(とうせん)するがごとし。
【白文(歌と洞簫の音)】
於是飲酒楽甚、扣舷而歌之。歌曰、桂棹兮蘭槳、撃空明兮泝流光。渺渺兮予懐、望美人兮天一方。客有吹洞簫者、倚歌而和之。其声嗚嗚然、如怨如慕、如泣如訴。余音嫋嫋、不絶如縷。舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦。
【書き下し文(歌と洞簫の音)】
是(ここ)に於いて酒を飲みて楽しむこと甚だし、舷(ふなばた)を扣(たた)きて之を歌ふ。歌に曰はく、桂(けい)の棹(さお)蘭(らん)の槳(かい)、空明(くうめい)を撃ちて流光(りゅうこう)に泝(さかのぼ)る。渺渺(びょうびょう)たり予(わ)が懐(おも)ひ、美人を天の一方に望むと。客に洞簫(どうしょう)を吹く者有り、歌に倚(よ)りて之に和す。其の声嗚嗚然(おおぜん)として、怨むがごとく慕ふがごとく、泣くがごとく訴ふるがごとし。余音(よいん)嫋嫋(じょうじょう)として、絶えざること縷(る)のごとし。幽壑(ゆうがく)の潜蛟(せんこう)を舞はしめ、孤舟の嫠婦(りふ)を泣かしむ。
【白文(客の嘆き=無常観)】
月明星稀、烏鵲南飛。此非曹孟徳之詩乎。……固一世之雄也、而今安在哉。況吾与子漁樵於江渚之上、侶魚蝦而友麋鹿。……寄蜉蝣於天地、渺滄海之一粟。哀吾生之須臾、羨長江之無窮。
【書き下し文(客の嘆き=無常観)】
月明らかに星稀(まれ)に、烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ。此れ曹孟徳(そうもうとく)の詩に非ずや。……固(まこと)に一世の雄なり、而(しか)るに今安(いづ)くにか在(あ)る。況(いは)んや吾と子(し)と江渚(こうしょ)の上(ほとり)に漁樵(ぎょしょう)し、魚蝦(ぎょか)を侶(とも)とし麋鹿(びろく)を友とするをや。……蜉蝣(ふゆう)を天地に寄せ、滄海(そうかい)の一粟(いちぞく)たり。吾が生の須臾(しゅゆ)なるを哀しみ、長江の無窮(むきゅう)なるを羨(うらや)む。
【白文(蘇子の答え=変と不変)】
客亦知夫水与月乎。逝者如斯、而未嘗往也。盈虚者如彼、而卒莫消長也。蓋将自其変者而観之、則天地曾不能以一瞬。自其不変者而観之、則物与我皆無尽也。而又何羨乎。
【書き下し文(蘇子の答え=変と不変)】
客も亦(また)夫(か)の水と月とを知るか。逝く者は斯(か)くのごとくなれども、而(しか)も未だ嘗(かつ)て往(ゆ)かざるなり。盈虚(えいきょ)する者は彼のごとくなれども、而も卒(つひ)に消長(しょうちょう)する莫(な)きなり。蓋(けだ)し将(は)た其の変ずる者よりして之を観れば、則ち天地も曾(すなは)ち以て一瞬なる能(あた)はず。其の変ぜざる者よりして之を観れば、則ち物と我と皆尽くること無きなり。而(しか)るを又何をか羨まんや。
【白文(結び=清風と明月)】
惟江上之清風、与山間之明月、耳得之而為声、目遇之而成色。取之無禁、用之不竭。是造物者之無尽蔵也、而吾与子之所共適。……相与枕藉乎舟中、不知東方之既白。
【書き下し文(結び=清風と明月)】
惟(た)だ江上の清風と、山間の明月とは、耳之を得て声と為し、目之に遇ひて色を成す。之を取れども禁ずる無く、之を用ふれども竭(つ)きず。是れ造物者の無尽蔵なり、而して吾と子との共に適(たの)しむ所なりと。……相与(あひとも)に舟中に枕藉(ちんしゃ)し、東方の既に白(しら)むを知らず。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【冒頭】
壬戌の年(元豊五年・一〇八二年)の秋、陰暦七月十六日、私(蘇子)は客とともに舟を浮かべ、赤壁のほとりで遊んだ。涼しい風がゆっくりと吹いてきて、水面に波は立たない。酒杯を挙げて客に酒をすすめ、『詩経』の明月の詩を口ずさみ、窈窕(しとやか)の章を歌った。
【舟遊びの陶酔】
白い露(もや)が川面いっぱいに横たわり、水の輝きが天と一つに接している。ひとひらの葦の葉のような小舟が行くにまかせ、果てしなく広がる水面を進んでいく。心は広々として、まるで大空に乗って風を操っているようで、どこで止まるのかもわからない。ふわふわと、俗世を忘れて独り立ち、羽がはえて仙人となって天に昇っていくような気持ちだ。
【歌と洞簫の音】
そこで酒を飲んで大いに楽しみ、舟べりを叩いて拍子をとり歌った。歌にいう、「桂の木のさお、蘭の木のかいで、澄んだ月影の映る水面を打ち、流れにきらめく月光をさかのぼる。私の思いははるかに広がり、慕わしい人(=君主)を遠い空の彼方に望むことよ」と。客の中に洞簫(縦笛)を吹く者がいて、歌に合わせて吹いた。その音は「ううう」と低く、恨むよう、慕うよう、泣くよう、訴えるようである。あとに残る響きは細く長く尾を引き、糸のように途切れない。その音色は、深い谷底にひそむ竜を舞い立たせ、ひとり舟にいる未亡人を泣かせるほど悲しい。
【客の嘆き(無常観)】
「月は明るく星はまばらで、かささぎが南へ飛んでいく」——これは曹操(曹孟徳)の詩ではないか。……(曹操は)まことに一代の英雄であった。しかし、その彼も今はどこにいるのか(どこにもいない)。まして私とあなたは、川辺で魚をとり薪をとり、魚やえびを仲間とし、鹿を友とする身。……この天地に蜉蝣(かげろう)のようにはかない身を寄せ、大海の中の一粒の粟のようにちっぽけな存在だ。自分の人生の短いことを悲しみ、長江が永遠に尽きないのをうらやむのだ。
【蘇子の答え(変と不変)】
あなたもあの水と月をご存じだろう。流れ去る水はこの川のように絶えず流れているが、それでいて(川そのものは)いまだかつてなくなってはいない。月は満ちたり欠けたりするが、結局はふえたり減ったりしてはいない。そもそも、変化するという面から見れば、天地でさえ一瞬もそのままではいられない。だが、変化しないという面から見れば、万物も自分も、すべて尽きることはないのだ。それなのに、いったい何をうらやむことがあろうか。
【結び(清風と明月)】
ただ、この川の上を吹く清らかな風と、山あいに照る明月だけは、耳で聞けば(心地よい)音となり、目で見れば美しい景色となる。これはいくら取っても禁じられることがなく、いくら使っても尽きることがない。これこそ造物主(自然)が与えてくれた無尽蔵の宝であり、私とあなたとが共に楽しめるものなのだ。……(こうして)たがいに舟の中で寄り添って眠り、東の空がもう白んでいるのにも気づかなかった。
4. 重要語句
- 壬戌(じんじゅつ)…干支(えと)で年を表したもの。ここでは元豊五年(一〇八二年)にあたる。
- 既望(きぼう)…陰暦十六日。望(=満月の十五日)を既(すで)に過ぎた日、の意。
- 属(しょく)…(酒などを)すすめる。「属(すす)む」と読む。
- 一葦(いちい)…一本の葦(あし)。転じて、葦の葉のように小さな舟のたとえ。
- 羽化登仙(うかとうせん)…羽がはえて仙人となり天に昇ること。この世を超越した陶酔の境地。
- 洞簫(どうしょう)…縦に吹く笛。尺八に似た楽器。
- 嫠婦(りふ)…夫を亡くした女性。未亡人。簫の音の悲しさを強調する。
- 蜉蝣(ふゆう)…かげろう。寿命が短い虫で、人生のはかなさのたとえ。
- 須臾(しゅゆ)…ほんのわずかな時間。しばらく。ここでは人生の短さをいう。
- 盈虚(えいきょ)…満ちることと欠けること。月の満ち欠けを指す。
- 消長(しょうちょう)…減ることと増えること。ものの増減・盛衰。
- 無尽蔵(むじんぞう)…いくら取っても尽きることのない蓄え。ここでは清風と明月をいう。
5. 句法・読解のポイント
- 反語「而今安在哉」…「而(しか)るに今安(いづ)くにか在る」。「安(いづ)くにか〜哉」で「どこに〜か、いや、どこにもいない」という反語。曹操の栄華もはかなく消えたことを強調する。「乎」「哉」などの文末の助字に注意。
- 反語「而又何羨乎」…「而(しか)るを又何をか羨まん(や)」。「何をか〜(ん)乎」で「どうして〜だろうか、いや〜ない」という反語。命の短さを嘆く必要はない、という結論を導く重要句。
- 比況「如〜」「〜がごとし」…「如怨如慕、如泣如訴(怨むがごとく慕ふがごとく…)」「不絶如縷(絶えざること縷のごとし)」「逝者如斯(逝く者は斯くのごとし)」など、「如」を「ごとし」と読む比況の用法が頻出。簫の音の悲しさや水の流れを生き生きと描く。
- 否定「莫」「不」…「卒莫消長也(卒に消長する莫きなり)」の「莫(な)し」、「未嘗往也(未だ嘗て往かざるなり)」の「未(いま)だ〜ず」(再読文字)など、否定語が変・不変の論理を組み立てる。「未」は「いまだ〜ず」と二度読む再読文字である点に注意。
- 疑問・詠嘆「此非〜乎」…「此非曹孟徳之詩乎(此れ曹孟徳の詩に非ずや)」。「非〜乎(〜に非ずや)」で「〜ではないか」と問いかけ・確認する形。
- 対句(対偶)の美しさ…「哀吾生之須臾、羨長江之無窮」「舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦」「取之無禁、用之不竭」など、二句を対にして並べる対句が多い。賦という文体の特徴で、リズムと余韻を生む。書き下しでは語の対応関係を意識する。
- 兼語・使役のニュアンス「舞〜泣〜」…「舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦」は「(簫の音が)潜む竜を舞わせ、未亡人を泣かせる」と、原因が対象を…させるという使役的な読み方をする。「舞はしめ」「泣かしむ」と訳す点が問われやすい。
6. 主題・あらすじ・背景
あらすじ:陰暦七月十六日の秋の夜、蘇軾(蘇子)は客とともに長江の赤壁のほとりで舟遊びをする。涼風と月、もやのかかった水面の美しさに、二人は俗世を忘れて仙人になったような陶酔を味わう。やがて酒に酔って歌い、客が洞簫(縦笛)を吹くと、その音はひどくもの悲しい。理由を問うと、客は曹操ら三国時代の英雄も今はいない例を挙げ、川辺で漁をするだけの自分たちの命のはかなさ(蜉蝣=かげろうのようにちっぽけな身)を嘆き、永遠の長江をうらやむ。これに対し蘇軾は「水と月」を例に答える。流れ去る水も満ち欠けする月も、見方を変えれば実はなくなってはいない。「変化する面」から見れば天地さえ一瞬で変わるが、「変化しない面」から見れば自分も万物も尽きることはない。だから命の短さを嘆く必要はない。さらに、川の清風と山の明月は取っても尽きない自然の無尽蔵の恵みで、二人で共に楽しめるものだと説く。客は納得して笑い、二人は再び酒を酌み交わし、舟の中で寄り添って眠り、夜が明けたのにも気づかなかった。
主題:人生の無常(はかなさ)を嘆く客に対し、「変と不変」という二つの見方を示すことで、移ろう現象の奥にある永遠不変の真理を説き、苦しい境遇のなかでも自然と一体となって心の安らぎを得ようとする達観の境地。流れ去る水・満ち欠けする月という身近な自然を通して、変化にとらわれず万物と自己を一体に見る荘子的な世界観が中心テーマである。
背景:作者の蘇軾(蘇東坡、一〇三六〜一一〇一)は北宋を代表する文人で、詩・文・書・画すべてにすぐれた大才である。この賦が書かれた元豊五年(一〇八二年)、蘇軾は「烏台詩案(うだいしあん)」という筆禍事件で罪に問われ、黄州(湖北省)へ左遷されていた。失意の境遇のなか、黄州城外の長江のほとりにある赤鼻磯(せきびき)で舟遊びをし、この名文を生んだ。ここは実は三国時代の「赤壁の戦い」の古戦場とは別の場所だが、蘇軾は同じ「赤壁」の名にちなんで、曹操ら英雄の栄枯盛衰を重ね合わせている。なお「賦」は対句や押韻を用いた美しい韻文だが、宋代には散文に近い「文賦(ぶんふ)」へと発展し、感情と哲理を自由に述べるようになった。本作はその代表作で、同じ年の冬に書かれた『後赤壁賦』と合わせて二編が伝わる。客との問答には『論語』(逝く者は斯くのごとし)や『荘子』(変と不変の見方)の思想がふまえられている。
確認クイズ(3問)
「七月既望」の「既望」とは、陰暦の何日のことですか。またその意味も簡単に説明しなさい。
陰暦十六日。「望(=満月の十五日)」を「既(すで)に」過ぎた日、という意味から十六日を指す。
客が洞簫の悲しい音にこめて嘆いたのは、どのような思いですか。本文の内容にそって説明しなさい。
曹操のような英雄でさえ今はいないように、川辺で漁をするだけの自分たちの命は蜉蝣(かげろう)や大海の一粒の粟のようにはかない。その短さを悲しみ、永遠に流れ続ける長江をうらやむ思い。
蘇子は「水と月」をどう説明して、客の嘆きに答えましたか。「変」「不変」の語を使って説明しなさい。
変化する面から見れば天地さえ一瞬で移り変わるが、変化しない面から見れば水も月も、自分も万物も尽きることはない。だから命の短さを嘆く必要はない、と答えた。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「既望」を満月の十五日と取り違えやすい。正しくは『望を既に過ぎた』十六日。読みは「きぼう」。
- 登場人物が『蘇子(=蘇軾本人)』と『客』の二人で、後半は二人の問答であることを押さえる。『客』が無常を嘆き、『蘇子』が変・不変の理で答える、という役割分担が頻出。
- 「逝者如斯〜」が『論語』、「自其変者〜不変者〜」が『荘子』の思想をふまえる点が、出典・背景としてよく問われる。
- 「水と月」が何のたとえか説明させる記述問題が定番。『流れ去る水=変化』『月の満ち欠け=変化』に見えても、見方を変えれば不変、という二面性を説明できるようにする。
- 賦の対句・押韻に注意。書き下しでは送り仮名や助字(乎・哉・也・矣)の扱い、再読文字「未」、反語の訳出が採点ポイントになりやすい。
8. まとめ
・蘇軾が黄州左遷中(元豊五年・一〇八二年)に書いた『文賦』の名作。秋の夜の赤壁での舟遊びを舞台にする。
・前半は月夜の舟遊びの美しさと陶酔、後半は『客』の無常の嘆きと『蘇子』の答えという問答形式で構成される。
・中心テーマは『変と不変』。水も月も変化して見えて実は尽きない——だから命の短さを嘆く必要はない、と説く達観の境地。
・句法では反語(安在哉・何羨乎)、比況(如〜ごとし)、再読文字(未)、対句が頻出。背景に『論語』『荘子』の思想がある。
👉 ほかの漢文は 漢文(解説×ドリル)一覧 から。
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