1. はじめに ― 『雑説(ざっせつ)』とは
『雑説』は、唐の文章家韓愈(かんゆ)が書いた短い評論です。教科書では「世に伯楽(はくらく)有りて、然る後に千里の馬有り」で始まる一篇(「馬説」とも呼ばれます)がよく採られます。
テーマは一言でいうと、すぐれた才能(千里の馬)は、それを見抜く人(伯楽)がいて初めて世に出るということ。馬の話に見えて、実は人材が正しく評価されない世の中への嘆きを込めた文章です。
2. 白文(原文)
世有伯楽、然後有千里馬。千里馬常有、而伯楽不常有。故雖有名馬、祇辱於奴隷人之手、駢死於槽櫪之間、不以千里称也。
馬之千里者、一食或尽粟一石。食馬者不知其能千里而食也。是馬也、雖有千里之能、食不飽、力不足、才美不外見、且欲与常馬等不可得、安求其能千里也。
策之不以其道、食之不能尽其材、鳴之而不能通其意、執策而臨之曰、「天下無馬。」嗚呼、其真無馬邪、其真不知馬也。
3. 書き下し文
世に伯楽(はくらく)有りて、然(しか)る後に千里の馬有り。千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。故に名馬有りと雖(いへど)も、祇(た)だ奴隷人(どれいじん)の手に辱(はづかし)められ、槽櫪(さうれき)の間に駢死(へんし)して、千里を以(もつ)て称せられざるなり。
馬の千里なる者は、一食に或いは粟(ぞく)一石(いつせき)を尽くす。馬を食(か)ふ者は、其の能の千里なるを知りて食はざるなり。是(こ)の馬や、千里の能有りと雖も、食飽かざれば、力足らず、才の美外に見(あらは)れず、且(か)つ常の馬と等しからんと欲するも得べからず、安(いづ)くんぞ其の能の千里なるを求めんや。
之を策(むちう)つに其の道を以てせず、之を食ふに其の材を尽くす能(あた)はず、之に鳴けども其の意に通ずる能はず、策を執りて之に臨みて曰(い)はく、「天下に馬無し」と。嗚呼(ああ)、其れ真に馬無きか、其れ真に馬を知らざるなり。
4. 現代語訳
世に(馬を見抜く名人である)伯楽がいて、そうして初めて千里の馬(名馬)が(世に知られて)存在する。千里の馬はいつでもいるが、伯楽はいつもいるとは限らない。だから、名馬がいても、ただ身分の低い馬飼いの手で粗末に扱われ、馬小屋の中で(並の馬と)首を並べて死んでいき、千里の馬として称えられずに終わるのである。
千里を走る馬は、一度の食事に時には穀物一石を食べ尽くす。(ところが)馬を飼う者は、その馬に千里を走る能力があると分かったうえで(それにふさわしく)飼っているのではない。この馬は、千里の能力があっても、餌が足りなければ力も出ず、すぐれた才能も外に現れず、その上、並の馬と同じ働きをしようとしてもそれすらできない。どうしてその馬に千里を走る能力を求められようか(いや、求められない)。
(その馬を)走らせるのに正しい方法でせず、飼うのにその能力を出し切れるほど(の餌)を与えず、(馬が)鳴いてもその気持ちを理解できず、(そのくせ)鞭を手にして馬に向かって「天下に(よい)馬はいない」と言う。ああ、本当に名馬がいないのか。いや、本当は名馬を見分けられないだけなのである。
5. 句法・重要語のポイント
テストで問われる句法
- 雖も(いへども)…逆接「たとえ〜でも・〜だけれども」。「名馬有りと雖も」=名馬がいても。
- 安くんぞ〜(求め)んや…反語「どうして〜だろうか、いや〜ない」。「安くんぞ其の能の千里なるを求めんや」=どうして千里の能力を求められようか、いや求められない。
- 〜能(あた)はず…不可能「〜できない」。「其の材を尽くす能はず」=才能を出し切らせることができない。
- 其れ真に〜か、其れ真に〜なり…前を疑問(反語)で否定し、後ろで真意を述べる対句。「本当にいないのか→いや、見分けられないのだ」。
覚えておきたい語句
- 伯楽…馬の良し悪しを見抜く名人。転じて「人材を見抜く人」。
- 千里の馬…一日に千里を走る名馬。転じて「すぐれた才能の持ち主」。
- 祇(ただ)…限定「ただ〜だけ」。 駢死…並んで(むなしく)死ぬこと。
6. 寓意 ― 伯楽・千里の馬・食馬者は何のたとえか
この文章の最大のポイントは「たとえの対応」です。馬の話を人の世に置きかえて読みます。
- 千里の馬=すぐれた才能を持つ人材
- 伯楽=その才能を見抜いて用いる名君・よい上に立つ者
- 馬を食ふ者(食馬者)=才能を見抜けず正しく用いない為政者
つまり韓愈は、「才能ある人はいつの世にもいる。けれどそれを見抜き活かす人がいなければ、才能は埋もれて終わる」と訴えているのです。これは、自分が正当に登用されない不遇への嘆きでもあります。
確認クイズ(3問)
Q1. 「千里の馬」は何のたとえ?
すぐれた才能を持つ人材のたとえ。
Q2. 「安くんぞ其の能の千里なるを求めんや」の用法と意味は?
反語。「どうして千里の能力を求められようか、いや求められない」。
Q3. 結びで韓愈が本当に言いたかったことは?
名馬がいないのではなく、名馬(=才能)を見分けられる人がいないということ。
7. 出典と背景 ― 韓愈と「古文運動」
作者の韓愈(768〜824)は、唐を代表する文章家・思想家で、唐宋八大家の一人。飾った美文よりも、内容を正確に伝える古い文体を尊ぶ「古文運動」を進めました。『雑説』もその精神どおり、短く鋭い文で主張を突き刺します。
韓愈自身、才能がありながら官職での出世に苦労した人でした。だからこの「埋もれる千里の馬」には、見いだされない人材への共感と、世の中への静かな怒りがにじんでいます。
8. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「食」の読みに注意。「馬を食(か)ふ」(養う・飼う)と「食(しよく)飽かざれば」(えさ)で意味が変わります。
- 「見」は「見(あらは)る」=現れる、の意で読みます(「見える」ではない)。
- たとえの対応(馬=人材/伯楽=見抜く人/食馬者=為政者)は内容説明でほぼ必ず問われます。
9. この話から学べること
才能は「持っているか」だけでなく「見つけてもらえるか・活かしてもらえるか」で決まる――。これは受験勉強にも通じます。自分の力を発揮できる環境(よい先生・正しいやり方)に身を置くことの大切さを、千里の馬は教えてくれます。
まとめ
・『雑説』(韓愈)の主題は「すぐれた人材も、見抜く人がいなければ埋もれる」。
・たとえの対応=千里の馬=人材/伯楽=見抜く人/食馬者=為政者。
・句法は「雖も(逆接)」「安くんぞ〜や(反語)」「〜能はず(不可能)」をおさえる。
・作者は唐宋八大家の韓愈。古文運動の代表で、自身の不遇も背景にある。
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