1. はじめに ― 「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」とは
この詩は、盛唐を代表する詩人・李白(りはく)が、年長の友人である詩人・孟浩然(もうこうねん)が揚州(広陵)へと旅立つのを、長江のほとりの名楼・黄鶴楼(こうかくろう)で見送ったときの送別の詩です。遠ざかる帆を見つめ続ける描写に、友を惜しむ深い情がにじみます。
2. 白文
黄鶴楼送孟浩然之広陵 李白
故人西辞黄鶴楼
煙花三月下揚州
孤帆遠影碧空尽
唯見長江天際流
3. 書き下し文
黄鶴楼(こうかくろう)にて孟浩然(もうこうねん)の広陵(こうりょう)に之(ゆ)くを送る 李白
故人(こじん)西(にし)のかた黄鶴楼を辞(じ)し
煙花(えんか)三月(さんがつ)揚州(ようしゅう)に下(くだ)る
孤帆(こはん)の遠影(えんえい)碧空(へきくう)に尽(つ)き
唯(た)だ見る 長江(ちょうこう)の天際(てんさい)に流(なが)るるを
4. 現代語訳
旧友(孟浩然)は、西にあるこの黄鶴楼に別れを告げて(旅立ち)、
霞がかかり花咲き乱れる、うららかな春三月に、(長江を下って)揚州へと下っていく。
ただ一つ浮かぶ帆かけ舟の遠い姿も、やがて青空の彼方に消えてしまい、
(後に)ただ、長江が空の果て(水平線)へと流れていくのだけが見えるばかりだ。
おさえておきたい語句
| 語句 | 意味 |
| 故人 | 古くからの友人。旧友。ここでは孟浩然を指す |
| 煙花 | 霞がかかり花が咲き乱れる、うららかな春の景色 |
| 三月 | 陰暦の三月。晩春 |
| 下る | (長江を)下流へと舟で下っていく |
| 孤帆 | ただ一つだけ浮かぶ帆かけ舟。友の乗る舟 |
| 天際 | 空の果て。水平線のあたり |

5. 詩のきまり(詩型・押韻・対句)
詩型 ― 七言絶句
一句が七字で構成され、全部で四句から成るため、七言絶句(しちごんぜっく)です。一句五字・四句なら五言絶句ですが、本詩は一句七字なので「七言」、四句なので「絶句」となります。
押韻 ― 楼・州・流
押韻している字は「楼」「州」「流」(第一・二・四句の末字)で、いずれも同じ響き(うー)の韻で結ばれています。
構成 ― 起承転結
第一句=起、第二句=承、第三句=転、第四句=結という起承転結の構成です。前半で友の旅立ちを述べ、後半で見送る側の景色へと転じます。
6. 鑑賞のポイント
友との別れを惜しむ心
この詩全体に流れているのは、親しい友・孟浩然との別れを惜しむ、深い寂しさ・名残惜しさです。「故人」は漢文では「古くからの友人・旧友」の意味で、ここでは孟浩然を指します。現代日本語の「亡くなった人」の意味と混同しないよう注意しましょう。
心情を景色に託す ― 情景描写
第三・四句では、去りゆく友の心情ではなく、消えゆく帆と流れゆく大河の景色をひたすらえがくことで、作者の思いを表しています。このような表現の工夫を情景描写(じょうけいびょうしゃ)といいます(「景に情を託す」表現)。「孤帆」の「孤」の一字にも、広い川面にただ一つだけ浮かぶ舟を見送る作者の寂しさ・心細さがにじみ出ています。
見えなくなっても、見つめ続ける
「碧空尽」は、遠ざかる帆かけ舟の姿がしだいに小さくなり、ついには青空の彼方に消えて見えなくなる様子です。作者は黄鶴楼(長江のほとり)にとどまり、友の舟が見えなくなってもなお、長江がはるか彼方へ流れゆくさまをじっと見つめ続けています。その姿そのものが、友への深い情を物語っています。
季節・場所・作者について
季節は春(晩春)。「煙花(春霞と花の景)」「三月(陰暦三月)」という語が根拠です。揚州(広陵)は黄鶴楼から見て東にあり(第一句「西辞」=西にある黄鶴楼に別れを告げる、より)、孟浩然は長江の流れに乗って舟で下流へと下っていきました。作者の李白は「詩仙(しせん)」と称される盛唐の大詩人で、見送られる孟浩然も同じ盛唐を代表する詩人です。
確認クイズ(3問)
Q1. この詩の漢詩としての形式はどれ?
ア 七言絶句 イ 五言絶句 ウ 七言律詩
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正解:ア 解説:一句が七字で、全部で四句から成るので七言絶句です。
Q2. 第一句「故人西辞黄鶴楼」の「故人」が指す人物は?
ア 李白 イ 孟浩然 ウ 杜甫
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正解:イ 解説:「故人」は古くからの友人・旧友の意味で、ここでは旅立つ孟浩然を指します。
Q3. 第三・四句のように、心情を直接述べず、景色をひたすらえがくことで思いを表す表現の工夫を何という?
ア 起承転結 イ 押韻 ウ 情景描写
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正解:ウ 解説:友を惜しむ心情を、消えゆく帆と流れゆく長江の景色に託して表す「情景描写」(景に情を託す表現)です。
7. 作者・李白と友・孟浩然について
この詩を味わうには、二人の詩人がどんな間がらだったのかを知っておくと、別れの寂しさがいっそうよくわかります。作者の李白(りはく)は盛唐(最も漢詩がさかえた時代)を代表する大詩人で、自由でのびやかな発想と雄大なスケールの詩から、のちに「詩仙(しせん)」と呼ばれました。同じ盛唐の名詩人・杜甫(とほ)が「詩聖(しせい)」と称されるのと対をなす存在です。
一方、見送られる孟浩然(もうこうねん)は李白より年長で、自然の風景や静かな田園のくらしをうたった詩で知られます。李白は孟浩然を心から尊敬し、「われ孟夫子(もうふうし)を愛す」とたたえる別の詩を残したほどでした。つまりこの詩は、若い李白が、あこがれと敬意をいだく年上の友を見送る場面なのです。だからこそ、去りゆく舟をいつまでも見つめ続ける姿に、深い名残惜しさがこもっています。
8. 一句ずつ、ていねいに読む
第一句「故人西辞黄鶴楼」
書き下し文は「故人(こじん)西(にし)のかた黄鶴楼を辞(じ)し」。「故人」は古くからの友人・旧友のことで、ここでは孟浩然を指します。現代日本語の「故人=亡くなった人」とは意味がちがうので要注意です。「西のかた」は「西の方角にある」という意味で、黄鶴楼が、これから向かう揚州から見て西にあることを示しています。「辞す」は「別れを告げる・いとまごいをする」。友が黄鶴楼に別れを告げて旅立つ、という出発の場面です。
第二句「煙花三月下揚州」
書き下し文は「煙花(えんか)三月(さんがつ)揚州(ようしゅう)に下(くだ)る」。「煙花」は春霞がたなびき、花が咲き乱れる、うららかな春の景色を表す美しい言葉です。「三月」は陰暦の三月(晩春)。「下る」は、長江という大きな川を上流から下流へと舟で下っていくことを表します。揚州(広陵)は長江の下流にあるので「下る」となるわけです。明るくはなやかな春の景色と、友との別れのさびしさが対比され、別れがよりいっそう心にしみます。
第三句「孤帆遠影碧空尽」
書き下し文は「孤帆(こはん)の遠影(えんえい)碧空(へきくう)に尽(つ)き」。「孤帆」はただ一つだけ浮かぶ帆かけ舟で、友の乗る舟のことです。広い川面にぽつんと一つだけ浮かぶ舟、という「孤」の一字に、見送る李白のさびしさ・心細さがこめられています。「遠影」はその遠い影(遠くに小さく見える姿)、「碧空に尽き」は、その姿がしだいに小さくなって、ついには青空のかなたに消えてしまう、という意味です。
第四句「唯見長江天際流」
書き下し文は「唯(た)だ見る 長江(ちょうこう)の天際(てんさい)に流(なが)るるを」。「唯だ〜のみ」は「ただ〜だけだ」と訳す限定の言い方で、ここでは「唯だ見る」=「ただ〜が見えるばかりだ」となります。友の舟が見えなくなったあと、目に入るのは、空の果て(水平線)へと滔々(とうとう)と流れていく長江の姿だけ。友を見送った李白が、いつまでもその場にたたずんでいる様子が、この一句からありありと伝わってきます。
9. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「故人」の意味…「旧友・古くからの友人」の意味で答えること。「亡くなった人」と書くと誤りです。だれを指すか(=孟浩然)も合わせてよく問われます。
- 詩の形式…一句が七字・全四句なので「七言絶句」。一句の字数と句の数を数えて答える練習をしておきましょう。
- 押韻の字…「楼・州・流」(第一・二・四句の末字)。どの字が韻をふんでいるかを問う設問が定番です。
- 表現技法…第三・四句のように、心情を直接書かず景色で表す工夫=「情景描写(景に情を託す)」。記述で問われることが多いポイントです。
- 季節とその根拠…季節は「春(晩春)」。根拠は「煙花」「三月」という語。理由まで答えられるようにしておきましょう。
- 方角の理解…黄鶴楼は揚州から見て西にあり、孟浩然は東方の揚州へ向かいます。「西辞」を「西へ行く」と取りちがえないこと。
10. ミニ練習問題(解答つき)
問1 「故人」とはここではだれのことか、漢字で答えなさい。
問2 この詩の季節を答え、その根拠となる語を二つ抜き出しなさい。
問3 第三句「孤帆」の「孤」の一字には、見送る作者のどんな気持ちがこめられているか、簡潔に説明しなさい。
問4 第四句「唯見長江天際流」を現代語訳しなさい。
【解答】
- 孟浩然
- 季節=春(晩春)/根拠=「煙花」「三月」
- 広い川面にただ一つだけ浮かぶ舟を見送る、作者のさびしさ・心細さ。
- (友の舟が消えたあとは)ただ、長江が空の果て(水平線)へと流れていくのだけが見えるばかりだ。
11. よくある質問(Q&A)
Q. 「黄鶴楼」とは何ですか。
A. 長江のほとり(現在の中国・武漢のあたり)に立つ有名な高い楼閣(たかどの)です。古くから多くの詩人がおとずれ、詩によまれてきた名所で、この詩でも友を見送る舞台になっています。
Q. 「広陵」と「揚州」はちがう場所ですか。
A. ほぼ同じ場所を指します。「広陵」は揚州の古い呼び名で、長江下流の栄えた都市です。タイトルでは「広陵」、本文の第二句では「揚州」と、同じ目的地を二つの呼び名で表しています。
Q. なぜ作者の気持ちが直接書かれていないのですか。
A. それがこの詩のいちばんの工夫だからです。「さびしい」「名残惜しい」と言葉で言うかわりに、消えていく舟と、果てしなく流れる大河の景色だけをえがくことで、かえって深い思いが読者に伝わります。これを「情景描写(景に情を託す)」といいます。
Q. 「下揚州」の「下る」は、なぜ「下る」なのですか。
A. 長江は西から東へ流れる大河で、揚州はその下流にあります。上流から下流へ舟で進むので「下る」と表します。地図の上下とは関係なく、川の流れに沿って進むことを「下る」というのです。
12. この詩のまとめ(要点整理)
- 作者は盛唐の大詩人・李白(「詩仙」)。見送られるのは年上の友・孟浩然。
- 場面は、長江のほとりの名楼黄鶴楼での送別。行き先は揚州(=広陵)。
- 形式は七言絶句、押韻は「楼・州・流」、構成は起承転結。
- 前半(起・承)で友の旅立ちを、後半(転・結)で見送る景色を描く。
- 最大の見どころは、別れの悲しみを景色に託す情景描写。「孤帆」の「孤」、見えなくなっても見つめ続ける姿に、友への深い情がこもる。
まとめ
・李白が、旧友・孟浩然の揚州(広陵)への旅立ちを黄鶴楼で見送った送別の詩。
・形式は七言絶句(一句七字・全四句)。押韻は「楼」「州」「流」。
・「故人」=古くからの友人(ここでは孟浩然)、「煙花」=春霞と花のうららかな景色。
・季節は春(晩春)。根拠は「煙花」「三月」。
・別れを惜しむ心情を、消えゆく帆と流れゆく長江に託す情景描写が最大のポイント。
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