『源氏物語』の中でも、入試・定期テストで何度も出題される名場面、「葵(車争ひ)」を、はじめての人にもわかるようにやさしく解説します。
「車争ひ」は、はなやかな賀茂(かも)の祭の見物を舞台に、光源氏の正妻・葵の上(あおいのうえ)の一行と、源氏のかつての恋人・六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の一行が、見物の「場所取り」で車を激しく争う場面です。プライドの高い御息所が、人目を忍んで来ていたのにさんざんに辱められ、深く心を傷つけられます。のちに御息所が「生霊(いきりょう)」となって葵の上を苦しめる、その引き金となる重要な場面でもあります。
原文・現代語訳・重要語句の順にていねいに見ていきましょう。
1. はじめに:「車争ひ」とはどんな場面か
舞台は、新しい斎院(さいいん/賀茂神社に仕える未婚の皇女)が決まり、その御禊(ごけい/みそぎ)が行われる日です。この日は行列に光源氏も加わることになり、都じゅうがその晴れ姿をひと目見ようと大さわぎになります。一条大路(いちじょうおおじ)は見物の牛車(ぎっしゃ)で埋めつくされました。
当時の貴族は牛車に乗ったまま道ばたに止め、車の中から行列を見物しました。よい場所は限られているので、「どこに車を止めるか」は見物のすべてを左右します。この「場所取り」が、身分やプライドのぶつかり合いへと発展していくのです。
登場する主な人物は次の三人です。
- 光源氏(ひかるげんじ)……物語の主人公。この日、行列に加わる「大将(だいしょう)の君」。
- 葵の上(あおいのうえ)……源氏の正妻。左大臣家の姫君。このとき懐妊中で体調がすぐれません。本文では「大殿(おおとの)」と呼ばれます。
- 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)……源氏のかつての恋人。前の東宮(皇太子)の妃だった、たいへん高貴で誇り高い女性。娘が伊勢の斎宮(さいぐう)に選ばれ、その娘とともに伊勢へ下ろうかと思い悩むほど心を乱していましたが、その慰めにと、一人でお忍びに見物へ来ていました(なお、この日の御禊〈ごけい〉で供奉を受ける新斎院〈賀茂〉は、御息所の娘とは別の皇女です)。
2. 原文(教科書定番の範囲)
『源氏物語』の本文にはいくつかの写本(しゃほん=書き写された本)の系統がありますが、ここでは現在もっとも広く用いられている大島本(おおしまぼん)系の本文にもとづいて引用します。「車争ひ」は長い場面なので、ここでは教科書に採られる定番部分、すなわち〈葵の上が見物に出かけることになる導入〉から〈車を争い、御息所が辱められ、源氏が通り過ぎる結び〉までを取り上げます。
(その一)葵の上、見物に出ることになる
大殿(おほとの)には、かやうの御歩(あり)きもをさをさし給はぬに、御心地(ここち)さへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人々、「いでや、おのがどちひき忍びて見はべらむこそはえ(栄え)なかるべけれ。おほよそ人だに、今日の物見(ものみ)には、大将殿(だいしやうどの)をこそは、あやしき山がつさへ見たてまつらんとすなれ。遠き国々より妻子(めこ)をひき具しつつも参(ま)うで来(く)なるを、御覧ぜぬはいとあまりもはべるかな」と言ふを、大宮(おほみや)聞こしめして、「御心地もよろしき隙(ひま)なり。さぶらふ人々もさうざうしげなめり」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて見給ふ。
(その二)車を争い、御息所の車が押しのけられる
日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出で給へり。隙(ひま)もなう立ちわたりたるに、よそほしうひきつづきて立ちわづらふ。よき女房車(にようばうぐるま)多くて、雑々(ざふざふ)の人なき隙(ひま)を思ひ定めてみなさし退(の)けさする中に、網代(あむじろ)のすこし馴れたるが、下簾(したすだれ)のさまなどよしばめるに、いたうひき入りて、ほのかなる袖口、裳の裾(すそ)、汗袗(かざみ)など、物の色いときよらにて、ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車二つあり。「これは、さらにさやうにさし退(の)けなどすべき御車にもあらず」と、口強(くちごは)くて手触れさせず。いづ方にも、若き者ども酔(ゑ)ひすぎ立ち騒ぎたるほどのことは、えしたためあへず。おとなおとなしき御前(ごぜん)の人々は、「かくな」などいへど、え止めあへず。
斎宮の御母御息所(みやすどころ)、もの思し乱るる慰めにもやと、忍びて出で給へるなりけり。つれなしづくれど、おのづから見知りぬ。「さばかりにては、さな言はせそ。大将殿をぞ豪家(がうけ)には思ひきこゆらむ」など言ふを、その御方の人もまじれれば、いとほしと見ながら、用意せむもわづらはしければ、知らず顔をつくる。つひに御車ども立てつづけつれば、副車(ひとだまひ)の奥に押しやられてものも見えず。心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたきこと限りなし。榻(しぢ)などもみな押し折られて、すずろなる車の筒(どう)にうちかけたれば、またなう人わろく、悔しう何に来つらん、と思ふにかひなし。
ものも見で帰らんとし給へど、通り出でん隙もなきに、「事なりぬ」と言へば、さすがにつらき人の御前渡りの待たるるも心弱しや。笹の隈(くま)にだにあらねばにや、つれなく過ぎ給ふにつけても、なかなか御心づくしなり。げに、常よりも好みととのへたる車どもの、我も我もと乗りこぼれたる下簾(したすだれ)の隙間どもも、さらぬ顔なれど、ほほゑみつつ後目(しりめ)にとどめ給ふもあり。大殿のはしるければ、まめだちて渡り給ふ。御供の人々うちかしこまり、心ばへありつつ渡るを、おし消(け)たれたるありさまこよなう思さる。
影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる
と、涙のこぼるるを人の見るもはしたなけれど、目もあやなる御さま、容貌(かたち)のいとどしう、出(い)でばえを見ざらましかば、と思さる。
※「筒(どう)」は牛車の車輪の中心部分(轂〈こしき〉)のこと。「みたらし川」は「御手洗川(みたらしがは)」とも書きます。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
(その一)葵の上、見物に出ることになる
葵の上は、このようなお出かけもめったになさらない上に、ご気分(=つわり)まですぐれなかったので、見物のことなど思いもよらずにいらっしゃいました。すると若い女房たちが、こう言います。「まあ、どんなものでしょう。私たちだけでこっそり見物しても、はなやかさがなくて、つまらないではありませんか。源氏の君と関係のないただの人でさえ、今日の見物では、大将殿(源氏の君)をこそは、身分の低い山の木こりまでも拝見しようとしているとか。遠い国々からわざわざ妻や子を連れてやって来るそうですのに、(正妻でいらっしゃる奥さまが)ご覧にならないのは、あまりにもったいないことでございますよ」と。
これをお聞きになった大宮(葵の上の母君)が、「ちょうど気分もよい折ですよ。お仕えする女房たちも、退屈そうにしているようだし」とおっしゃって、急に予定を変えるよう言いつけて、見物にお出ましになります。
(その二)車を争い、御息所の車が押しのけられる
日が高くのぼってから、葵の上の一行は、ことさら格式ばらない様子で出かけました。ところが、見物の車がすき間もなくびっしりと立ち並んでいるので、りっぱに連なった葵の上方の車は、止める場所がなくて困ってしまいます。身分の高い女性の車が多い中、お供の者たちは、雑用の供人がついていない車の列に目をつけて、その車を「ここを空けよ」とみな押しのけさせました。
その中に、少し使い込んだ網代車(あじろぐるま)で、下簾(したすだれ)の様子などに趣味のよさがうかがえる車が二台ありました。乗り手は奥深くに身を引いて、わずかにのぞく袖口や裳(も)の裾、汗袗(かざみ)などの色あいがとても美しく、「わざと目立たないようにしている、身分の高い女性」だとはっきりわかる車です。御息所方の供人は「これは、けっしてそんなふうに押しのけてよいお車ではありません」と強く言い張り、手を触れさせません。
けれども、どちらの側も、若い供人たちが酔っぱらって大さわぎしている最中のことなので、もう手のつけようがありません。葵の上方の年配の供人が「そんなことはするな」と言っても、まったく止められないのでした。
この車の主は、じつは斎宮(=新しい斎院になった娘)の母君である六条御息所でした。もの思いに乱れる心の慰めにでもなればと、こっそり見物に来ていたのです。御息所方は素知らぬふりをしていましたが、葵の上方は自然とその正体に気づいてしまいます。そして「あの程度の車に、えらそうな口をきかせるな。源氏の君を後ろ盾(権勢のある家)と頼みにしているのだろう」などと言うのでした。
その葵の上方の供人の中には、源氏に仕える者もまじっていて、御息所を気の毒に思いながらも、かばってやるのも面倒なので、知らんふりを決め込みます。とうとう葵の上方は車を割り込ませて並べてしまい、御息所の車は、お供の女房たちの車の後ろに押しやられて、行列が何も見えなくなってしまいました。
くやしいのはもちろんですが、それ以上に、こうしてお忍びで来ていたのを「御息所だ」と知られてしまったことが、たまらなく腹立たしいのでした。牛車を支える榻(しじ)まですっかり押し折られ、車の轅(ながえ)を、どこの誰ともしれないつまらない車の車輪の心棒にもたせかけられてしまう始末。この上なくみっともなく、くやしくて、「何のためにこんな所へ来てしまったのだろう」と思っても、もう取り返しがつきません。
御息所は、いっそ何も見ずに帰ろうとなさいますが、車を出すすき間さえありません。そこへ「行列がおいでになったぞ」という声がすると、あれほどつれない人(源氏)でも、その姿が御前を通るのを、つい待ってしまう——そんな自分の心の弱さよ、と思うのでした。
古歌にある「笹の隈(くま)」のような、馬をとめて姿を見せてくれる物陰でさえないからでしょうか、源氏はそっけなく通り過ぎていきます。それがかえって、御息所の心を限りなくかき乱すのでした。なるほど、いつもより趣向をこらした車々が、我も我もとあふれるように乗りこんでいて、その下簾のすき間からのぞく女性たちには、源氏も素知らぬ顔をしながらも、ほほえんで横目に視線をとめることがあります。けれども、左大臣家(葵の上)の車だとはっきりわかる相手には、まじめくさった顔で通り過ぎていくのでした。お供の人々もうやうやしくかしこまり、葵の上に敬意を表しながら進んでいきます。それを見て、御息所は、すっかり圧倒されてしまった自分の姿を、この上なくみじめにお感じになるのでした。
影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる
(御手洗川〈みたらしがわ〉に映る影をちらりと見ただけで、あの人は流れ去るように冷たく過ぎていく——その「つれなさ」に、わが身の不幸な境遇が、いよいよ思い知らされることです)
と、涙がこぼれるのを人に見られるのもきまりが悪いのですが、それでも御息所は、「まぶしいほどに美しい源氏の君の、晴れの場でいっそう引き立つお姿を、もし見なかったとしたら(それはそれで心残りだったろう)」と思うのでした。
4. 重要語句・敬語・文法のポイント
テストで問われやすいところを整理します。
(1) 覚えておきたい古語・読み
- 御歩(あり)き……外出。お出かけ。ここでは御禊の行列の見物を指します。
- をさをさ…(打消)……「めったに〜ない」「ほとんど〜ない」。下に打消の語を伴う呼応の副詞です。ここは「をさをさし給はぬ」で「めったになさらない」。
- 悩まし……(病気などで)気分が悪い、苦しい。現代語の「悩ましい(=色っぽい・心が乱れる)」とは意味が違うので注意。ここでは懐妊によるつわりです。
- はえ(栄え)なし……はなやかでない。見ばえがしない。
- あやし……身分が低い。みすぼらしい。「あやしき山がつ」で「身分の低い木こり」。
- 隙(ひま)……すき間。また「よい折・機会」。本文では両方の意味で使われます(「物見の隙=すき間」「よろしき隙=よい折」)。
- よそほし……いかめしく整っている。りっぱだ。
- やつる……目立たない地味な姿になる。「ことさらにやつれたる」で「わざと目立たないようにしている」。みすぼらしいという意味ではなく、高貴な人がお忍びのために装いを控えていることを表します。
- 口強(くちごわ)し……言い方が強い。強硬だ。
- したたむ……処理する。きちんと始末する。「えしたためあへず」で「処置しきれない」。
- ねたし……くやしい。しゃくにさわる。
- 豪家(がうけ)……権勢のある家。後ろ盾。
- つれなし……そっけない。冷淡だ。源氏の態度をいいます。和歌の主題語でもあります。
- 心づくし……あれこれ思い悩んで心を尽くすこと。物思い。
- 目もあやなり……まぶしいほどに美しい。まともに見ていられないほどだ。
- 出(い)でばえ……晴れの場に出て、ひときわ引き立って見えること。
(2) 敬語のポイント
この場面では、誰に敬意が向けられているかがよく問われます。地の文の敬語は、基本的に作者から、その動作をする高貴な人物への敬意です。
- 「思しかけ(ず)」「見給ふ」「出で給へり」「過ぎ給ふ」「思さる」……「思す(おぼす)」は「思ふ」の尊敬語、「給ふ」は尊敬の補助動詞。葵の上・源氏・御息所など、高貴な人物の動作に付いています。作者からの敬意です。
- 「聞こしめして」……「聞く」の尊敬語。ここは大宮(葵の上の母)が「お聞きになって」。
- 「仰せ給ひて」……「仰す(おほす)」は「言ふ」の尊敬語。大宮が「言いつけなさって」。
- 「見たてまつらん」……「たてまつる」は謙譲の補助動詞。世間の人々が源氏を「拝見しよう」と、源氏を高めています。動作をする側(世間の人々)から、される側(源氏)への敬意です。
- 「思ひきこゆらむ」……「きこゆ」は謙譲の補助動詞。供人たちが源氏を「お頼み申し上げているのだろう」。源氏への敬意です。
- 「御覧ぜぬ」……「見る」の尊敬語「御覧ず」。葵の上が「ご覧にならない」。
ポイントは、尊敬語(思す・給ふ・仰す・御覧ず・聞こしめす)=「その動作をする人」が高貴、謙譲語(たてまつる・きこゆ)=「その動作を受ける人(=源氏)」が高貴、という区別です。
(3) 文法(係り結びなど)
- 係り結び「こそ〜已然形」……「見はべらむこそはえなかるべけれ」。係助詞「こそ」を受けて、文末が已然形「べけれ」で結ばれています。強調の働きです。「大将殿をこそは……見たてまつらんとすなれ」も「こそ」による強調。
- 係り結び「ぞ〜連体形」……「身のうきほどぞいとど知らるる」。係助詞「ぞ」を受けて、文末が連体形「知らるる」で結ばれています。和歌の中の係り結びです。
- 呼応の副詞「え〜(打消)」……「えしたためあへず」「え止めあへず」。「え」は下に打消を伴って「〜できない」を表します。
- 禁止「な〜そ」……「かくな(せそ)」「さな言はせそ」。「な〜そ」で「〜するな」という柔らかい禁止。「かくな」は「かくなせそ(こんなことはするな)」の略。
- 反実仮想「〜ましかば、(〜まし)」……「出でばえを見ざらましかば」。「もし〜なかったとしたら(…だったろうに)」という、事実に反する仮定。「見なかったとしたら、心残りだったろう」と、結びを言外に含ませた表現です。
- 自発の助動詞「る」……「待たるる」「知らるる」。心が自然とそうなる「自発」の用法です。意志に反して、つい待ってしまう・思い知らされる、という心情を表します。
(4) 和歌の解釈
影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる
御息所がよんだ歌です。技巧が多く、入試頻出です。
- 「みたらし(御手洗)川」……神社で身を清める川。ここでは賀茂川を指し、同時に冷たく通り過ぎた源氏をたとえています。
- 掛詞(かけことば)……「みたらし川」の「み」に「見る」を掛けます。「影をのみ見」と「みたらし川」が重なります。
- 縁語(えんご)……「影」「うき(憂き/浮き)」は「川」と縁のある語(縁語)です。「うき」には、つらい意味の「憂き」と、水に「浮く」が掛かります。
- 大意……「川の水面に映る影をちらりと見ただけで、あの人は流れのように冷たく去っていく。そのつれなさに、わが身のつらい境遇がいよいよ思い知らされる」。源氏に相手にされなかった御息所の、深い屈辱と悲しみがこめられています。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじのまとめ
新しい斎院の御禊の日、行列に加わる源氏のひと目を見ようと、都じゅうが見物に出ます。体調のすぐれない葵の上も、周囲にすすめられて見物に出かけました。ところが、来るのが遅れて止める場所がなく、お供の者たちが他人の車を強引に押しのけます。そのとき押しのけたのが、お忍びで来ていた六条御息所の車でした。両家の供人が酔って争ったすえ、御息所の車は後ろへ押しやられ、行列も見えず、お忍びの正体まで知られてしまいます。深く辱められた御息所は、つれなく通り過ぎる源氏を見て歌をよみ、わが身のみじめさを思い知るのでした。
この場面の主題
この「車争ひ」の中心にあるのは、誇り高い女性のプライドが、人前でこなごなに打ち砕かれる屈辱です。御息所は前東宮の妃という最高級の身分を持ち、教養も人柄もすぐれた女性。それだけに、正妻・葵の上の一行に公衆の面前で押しのけられ、しかも「源氏に未練がある女」として正体をさらされたことは、耐えがたい痛手でした。
ここで描かれるのは、単なる従者どうしのけんかではありません。正妻(葵の上)と、愛人にすぎない自分(御息所)との、埋めようのない立場の差を、御息所がまざまざと見せつけられる場面なのです。源氏のお供たちが葵の上の車にだけうやうやしく礼を示して通り過ぎる——その対比が、御息所の屈辱を決定的なものにします。
物語全体の中での位置づけ(生霊の伏線)
この屈辱は、御息所の心に深い傷を残します。晴らしようのない恨みと物思いが、やがて御息所自身も気づかぬうちに「生霊(いきりょう=生きた人の霊)」となり、妊娠中の葵の上を取り殺してしまう——「葵」の巻は、この悲劇へと進んでいきます。つまり「車争ひ」は、物語屈指の怪異・悲劇の引き金(伏線)として置かれた、きわめて重要な場面なのです。
ちなみに、この「車争ひ」と御息所の生霊の物語は、後世に能の名作『葵上(あおいのうえ)』として劇化され、今も上演されています。それほど人々の心をとらえ続けてきた場面だということです。
背景:平安時代の「祭の見物」と牛車
当時の貴族にとって、賀茂の祭の見物は一年でも指折りのはなやかな行事でした。女性たちは牛車に乗ったまま見物し、車の下からのぞく衣の色(出衣〈いだしぎぬ〉)や下簾の趣味のよさを競い合いました。よい見物の場所は数が限られているため、場所取りはしばしば実力行使になり、身分と身分のぶつかり合いに発展しました。「車争ひ」は、そうした当時の風俗をいきいきと伝える資料としても読まれています。
読解のポイント(まとめ)
- 「やつる」「あやし」「ねたし」「つれなし」など、現代語と意味のずれる古語を正確におさえる。
- 敬語は尊敬(動作主が高貴)か謙譲(受け手=源氏が高貴)かを見分ける。
- 御息所の「くやしさ」より「正体を知られた屈辱」のほうが深い——心情の中心を取り違えない。
- 和歌の掛詞「み(見)」・縁語「影・うき・川」と、源氏を「みたらし川」にたとえる比喩を読み取る。
- この場面が御息所の生霊化の伏線であることを、物語全体の流れの中で理解する。
「車争ひ」は、はなやかな祭の裏で、一人の誇り高い女性の心がくずれていく——その対比が胸に迫る名場面です。古語と敬語をていねいに追えば、御息所の痛いほどの気持ちが必ず伝わってきます。ぜひ声に出して原文を読み、味わってみてください。
✅ 定期テスト前の仕上げに|この場面の確認テスト


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