堤中納言物語『花桜折る少将』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『堤中納言物語』は、平安時代後期ごろに成立したと考えられる、日本でいちばん古い「短編物語集」です。作者ははっきりわかっていませんが、趣向のちがう十編ほどの小さな物語が集められていて、それぞれが「オチ」を持ったお話になっているのが特徴です。「花桜折る少将」はその巻頭をかざる一編で、教科書では冒頭の場面(月夜に少将が桜の家の姫君を垣間見るところ)がよく取り上げられます。

見どころは、光源氏のような「色好みの貴公子」が、最後に大失敗してしまう落差のおもしろさです。美しい姫君を盗み出そうと忍び込んだ少将が、暗がりの中で人をまちがえ、姫君ではなくその祖母(おばあさん)を連れ出してしまう──という喜劇的な結末になります。『堤中納言物語』の中でも、もっとも笑いの要素が強い一編として知られています。

2. 原文

【冒頭(垣間見の場面)】
月にはかられて、夜ふかく起きにけるも、思ふらむところいとほしけれど、立ち返らむも遠きほどなれば、やをらやり過ぐして、いと荒ましき小家の、つき隠したるに、めでたき花の、ほかげに見えたるを、過ぎがてにやすらふほどに、築地のくづれより、白き衣着たる人の、しはぶきつつ出づめり。

【少将が月と花に心を寄せて詠む歌】
あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に見せばや

【立ち去りがたく桜のもとにたたずむ歌】
そなたへと行きもやられず花桜にほふ木かげにたびだたれつつ

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【冒頭(垣間見の場面)】
月の光にだまされて、(もう夜明けかと思い)まだ夜の深いうちに起き出してしまったが、別れてきた女が(こんなに早い帰りを)どう思っているだろうかと気の毒に思われるけれど、引き返すにも遠い道のりなので、そっと(その家を)通り過ぎていくうちに、たいそう荒れはてた小さな家で、(木が)覆い隠すように茂っているところに、見事に咲いた花が、ほのかな光の中に見えているのを、通り過ぎがたく思ってためらっていると、築地(土塀)のくずれたところから、白い衣を着た人が、せきばらいをしながら出てくるようだ。

【少将が月と花に心を寄せて詠む歌】
もったいないほど美しいこの夜の月と花を、できることなら、その趣を理解してくれる人に(いっしょに)見せたいものだ。

【立ち去りがたく桜のもとにたたずむ歌】
あちらへ行こうとしても行ききれず、美しく咲きにおう花桜の木かげに、つい立ちどまってしまうことだよ。

4. 重要語句

  • はかる(謀る・計る)…だます。あざむく。ここは「月にはかられて」で、月の明るさを夜明けと勘違いさせられること。
  • いとほし…気の毒だ。かわいそうだ。いとしい、という意味になることもある。
  • やをら…そっと。静かに。動作を音をたてずに行うようす。
  • あらまし(荒まし)…荒れている。荒れはてているようす。
  • やすらふ…ためらう。立ちどまる。すぐに行動せずぐずぐずする。
  • 築地(ついひぢ)…土をつき固めて作った塀。土塀。貴族の屋敷の囲い。
  • しはぶく…せきをする。せきばらいをする。
  • あたら(可惜)…もったいないことに。惜しいことに。すぐれたものを惜しむ気持ち。
  • 垣間見(かいまみ)…物のすき間からこっそりのぞき見ること。男性が女性をかいまみる場面は古典の恋の定番。
  • 入内(じゅだい)…皇后・中宮・女御などとして、女性が正式に宮中(天皇のもと)に入ること。
  • 後朝(きぬぎぬ)…男女が一夜を共にした翌朝。また、その朝に別れること。冒頭の「夜ふかく起きにけるも」はこの場面。
  • めでたし…すばらしい。みごとだ。ここは花の美しさをほめる語。

5. 文法・読解のポイント

  • 「月にはかられて」の受身…「はから(謀る)+れ(受身の助動詞「る」の連用形)」。月の明るさに『だまされて』の意。動作の主体(月)に「に」がつき、受身の対象が主語になる構文。
  • 「起きにけるも」の助動詞…「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「ける」は過去(詠嘆)の助動詞「けり」の連体形。「(つい)起きてしまったが」と訳す。
  • 「思ふらむところ」の現在推量「らむ」…「らむ」は目に見えない現在の事柄を推量する助動詞。「(今ごろ女が)どう思っているだろう、その気持ち」の意で、相手の心中を思いやる表現。
  • 「見せばや」の願望「ばや」…和歌「心知れらむ人に見せばや」の「ばや」は、未然形につく自己の願望を表す終助詞。「(ぜひ)見せたいものだ」と訳す。
  • 「出づめり」の推定「めり」…「出づ+めり」。「めり」は目で見たことにもとづく推定・婉曲の助動詞で、「出てくるようだ・出てくるように見える」の意。語り手が外から様子を眺めている視点が示される。
  • 縁語・序詞などの和歌の技法…「花桜にほふ木かげにたびだたれつつ」では、桜の「花」と「にほふ(美しく咲く)」「木かげ」が縁語的につながり、花に心を引かれて立ち去れない少将の心情を景物に重ねている。
  • 敬語の方向(主人公への待遇)…少将など貴人の動作には尊敬語、その人に仕える者の動作には謙譲語が用いられる。誰の動作に敬語が付いているかを手がかりに、主語(少将か供の者か)を判断するのが読解のコツ。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:色好みの少将(伝本によって中将・大将とも)は、ある月夜、女のもとからの帰り道に、荒れた家の見事な桜に心を引かれて立ちどまる。そこで美しい姫君をかいま見て、すっかり心を奪われてしまう。後日、家来の光季(みつすゑ)から、その姫君は亡き源中納言の娘で、後見の叔父のはからいでまもなく入内する予定だと聞く。少将は、入内する前にこの姫君を手に入れようと考え、姫君に仕える女童(めのわらは)や光季を手引き役にして、夜、屋敷に忍び込む。ところが屋敷の中は暗くて勝手がわからず、母屋に寝ていた小柄な人を、確かめもせずに姫君だと思いこんで連れ出してしまう。家に帰って顔を見ると、それは思い人の姫君ではなく、姫君の祖母(年老いた尼君)だった──という、人ちがいの大失敗で物語は幕を閉じる。

主題「色好みの貴公子」という理想像を、人ちがいの失敗によってこっけいに描き、笑いの中に人生の一断面をとらえている。光源氏のような風流な恋の主人公をパロディ(もじり)にし、思いどおりにいかない現実のおかしさ・あわれさを軽妙に描いた点に、近代の短編小説にも通じる新しさがある。

背景:『堤中納言物語』は、わが国最初の短編物語集とされ、平安後期を中心に成立した(「逢坂越えぬ権中納言」のみ天喜三年〈一〇五五年〉に小式部の作と判明、「よしなしごと」は鎌倉時代の作とされる)。作者の多くは未詳で、趣向の異なる十編ほどの短編が集められている。書名に「堤中納言」とあるが、作中に堤中納言という人物が登場するわけではない。「花桜折る少将」はその巻頭の一編。なお主人公の官位は伝本によって「少将」「中将」「大将」と異なり、題名もそれにあわせて変わる。これは「少将」を「中将」と書き写し誤った例が古典に多いことによる。

確認クイズ(3問)

「花桜折る少将」が収められている短編物語集の名前は何ですか。

堤中納言物語。平安後期ごろに成立した、わが国最初の短編物語集とされ、「花桜折る少将」はその巻頭の一編です。

冒頭の「月にはかられて、夜ふかく起きにけるも」とは、少将がどういう状況にあることを表していますか。

月の光が明るいので(もう夜明けかと)勘違いさせられ、まだ夜の深いうちに、女のもとから起き出して帰ろうとしている、という後朝(きぬぎぬ)の別れの場面です。

この物語の結末で、少将が起こした失敗(オチ)は何ですか。

暗い屋敷の中で人をまちがえ、思い人の姫君ではなく、その姫君の祖母(年老いた尼君)を連れ出してしまったことです。色好みの貴公子が大失敗する、こっけいな結末になっています。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 冒頭の「月にはかられて」を直訳して意味を取りそこねやすい。『月(の明るさ)にだまされて、夜明けと勘違いして』という事情を補って訳せるかが問われる。
  • 場面が『後朝(きぬぎぬ)の別れ』の帰り道だと気づけないと、なぜ少将が夜深くに出歩いているのかがわからなくなる。前提となる場面設定の理解が問われる。
  • 主語が明示されないため、誰が「やすらふ」「出づ」のか(少将か、家から出てくる人か)を取り違えやすい。敬語や文脈から主語を補う問題が頻出。
  • 「いとほし」を現代語の『いとおしい(かわいい)』と混同しがち。古文では『気の毒だ』の意で使われることが多い点に注意。
  • 結末の『人ちがい』のおもしろさ(姫君ではなく祖母を連れ出した)という主題・オチを説明させる記述問題が出やすい。

8. まとめ

・『堤中納言物語』はわが国最初の短編物語集で、「花桜折る少将」はその巻頭の一編。作者は未詳。

・冒頭は、月夜に女のもとから帰る少将が、荒れた家の桜と美しい姫君を垣間見る『後朝の別れ+垣間見』の場面。

・少将は入内予定の姫君を盗み出そうと忍び込むが、暗がりで人をまちがえ、姫君ではなく祖母を連れ出してしまう。

・色好みの貴公子をこっけいに描いたパロディで、笑いの中に人生の一断面をとらえた、軽妙で新しさのある短編。

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