伊勢物語『東下り』をやさしく解説|かきつばた・都鳥の歌と折句・掛詞

作品解説

『東下り』ってどんな話?まずはここから

『東下り(あづまくだり)』は、伊勢物語のなかでもとびきり有名な場面です。都にいづらくなった一人の男が、東国(今の関東地方のほう)へと長い旅に出ます。その道すがら、美しい花や雄大な富士山、大きな川と出会い、そのたびに都に残してきた人を思って歌をよむ——そんな旅の寂しさ(旅愁)が、しみじみと描かれています。

テストでこの場面がねらわれるのは、ただ有名だからではありません。ここには折句(おりく)・掛詞(かけことば)・縁語(えんご)といった和歌の技法がぎゅっと詰まっていて、「修辞(しゅうじ=表現のくふう)を読み取る力」を試すのにぴったりだからです。歌の技法と旅の心情、この二つをセットで押さえるのが攻略のカギになります。

先生「『東下り』って、要するに何の話か一言で言える?」

生徒「えーっと…男の人が東に旅行する話、ですか?」

先生「うん、半分正解。でもただの旅行記じゃないんだ。行く先々で歌をよんで、都の恋しい人を思う。だから『歌物語』っていうジャンルなんだよ。」

生徒「歌が主役なんですね。」

先生「そう。とくにかきつばたの歌と都鳥の歌、この二つの仕掛けが分かれば、テストの大半は解けるよ。」

原文(本文)

三河(みかわ)の八橋(やつはし)――かきつばたの場面

昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。(中略)三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、かれいひ食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばた、といふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。

から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ

とよめりければ、みな人、かれいひの上に涙落としてほとびにけり。

駿河(するが)――宇津の山と富士の嶺

行き行きて、駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つた・かへでは茂り、もの心ぼそく、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり。(中略)

駿河なる 宇津の山辺の うつつにも 夢にも人に あはぬなりけり

富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。

時知らぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿の子まだらに 雪の降るらむ

その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。

武蔵(むさし)と下総(しもうさ)の境――隅田川と都鳥

なほ行き行きて、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわびあへるに、渡守、「はや舟に乗れ、日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さるをりしも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」といふを聞きて、

名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

※教科書・注釈書によって表記(仮名づかい・「下つ総」など)に多少の違いがあります。本文は一般的な形を示しています。

現代語訳

八橋の場面

昔、ある男がいた。その男は、自分を世の中に必要のない者だと思いこんで、「もう都にはいるまい、東国のほうに住むのによい国を探しに行こう」と思って出かけて行った。(中略)三河の国の八橋という所に着いた。そこを八橋といったのは、川の流れが蜘蛛の足のように八方に分かれているので、橋を八つ渡してあることから、八橋といったのである。その沢のほとりの木陰に下りて腰を下ろし、乾飯(ほしいい=干した飯)を食べた。その沢にかきつばたがたいそう美しく咲いていた。それを見て、ある人が「『かきつばた』という五文字を、各句の頭に置いて、旅の心をよみなさい」と言ったので、よんだ歌——

「(着なれた)唐衣のように、長年なれ親しんだ妻が(都に)いるので、はるばる来てしまったこの旅を、しみじみと思うことだ。」

とよんだので、みな乾飯の上に涙を落として、(涙で)乾飯がふやけてしまった。

駿河の場面

どんどん進んで行って、駿河の国に着いた。宇津の山に来て、自分が(これから)分け入ろうとする道は、たいそう暗く細いうえに、蔦やかえでが茂り、なんとなく心細く、思いがけずつらい目にあうものだと思っていると、(顔見知りの)修行者に出会った。(中略)「駿河の宇津という、その名の『うつつ(現実)』でも夢でも、あなたに会えないことだなあ。」

富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪がたいそう白く降り積もっている。「季節を知らない山だ、富士の嶺は。今をいつだと思って、鹿の子のまだら模様のように雪が降っているのだろう。」その山は、ここ(都)でたとえるなら、比叡山を二十ほど積み重ねたくらいの高さで、形は塩尻(塩を作るときの砂を盛り上げた形)のようであった。

隅田川の場面

さらにずんずん進んで行って、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう大きな川がある。それを隅田川という。その川のほとりに一行で集まって座り、(都を)はるかに思いやると、「ずいぶん遠くまで来てしまったものだなあ」と互いに嘆き合っていると、渡し守が「早く舟に乗れ、日も暮れてしまう」と言うので、乗って渡ろうとするが、みな何となくもの寂しくて、都に恋しく思う人がいないわけでもない。ちょうどその時、白い鳥で、くちばしと脚が赤く、鴫(しぎ)ほどの大きさの鳥が、水の上で遊びながら魚を食べている。都では見かけない鳥なので、みな見覚えがない。渡し守にたずねたところ、「これが都鳥だ」と言うのを聞いて——

「(都という)名を持っているのなら、さあ尋ねよう、都鳥よ。私が恋しく思うあの人は、(都で)無事でいるのかいないのか、と。」とよんだので、舟に乗った人みなが、こぞって泣いてしまった。

重要語句のチェック

語句意味・ポイント
えうなし(要なし)必要がない、役に立たない。「身をえうなきものに思ひなして」=自分を不要な者と思いこんで
蜘蛛手(くもで)蜘蛛の足のように四方八方に分かれていること。八橋の地名の由来
かれいひ(乾飯・餉)干して保存した飯。旅の携帯食。「ほとびにけり」=(涙で)ふやけた
から衣(唐衣)美しい上着。「着る」「なれる」「つま(褄)」「はる(張る)」を導く縁語の中心
なる(なれにし)「(着)なれる」と「(妻に)なれ親しむ」の掛詞
つま衣の「褄(つま=裾の左右の端)」と「妻」の掛詞
はるばる「はるばる(遠く)」と衣を「張る」の掛詞
うつつ現実。「宇津の山」の「うつ」と「うつつ」を響かせる
時知らぬ季節をわきまえない。真夏に雪をいただく富士をいう
つごもり月末。「五月のつごもり」=旧暦五月の末(今の初夏〜夏)
名にし負はば「都」という名を持っているのなら。「し」は強意
言問ふ(こととふ)尋ねる、問いかける

読解のポイント

① かきつばたの歌は「折句」+「掛詞」+「縁語」の三重構造

まず折句。各句の頭の文字を続けて読むと、「か・き・つ・は(ば)・た」=かきつばたになります。お題の花の名を、五・七・五・七・七の頭にしのばせる言葉遊びです。

さらにこの歌は掛詞だらけです。「なれ」は衣を「着なれる」と妻に「なれ親しむ」、「つま」は衣の「褄」と「妻」、「はるばる」は遠くまで「はるばる」と衣を「張る」を、それぞれ重ねています。そして「から衣・着・なれ・つま・張る」はすべて衣に関係する言葉でそろえた縁語。表向きは「衣」の話をしながら、裏で「都に残した妻を恋しく思う旅の心」を語る——一つの歌に、衣の世界と恋の世界が二重写しになっている、これがこの歌の見せ場です。

② 都鳥の歌は「名」への問いかけ

隅田川でよまれた都鳥の歌は、技法こそ折句ほど派手ではありませんが、心情の切実さが胸を打ちます。「お前は『都』という名を背負っているのなら、その名にふさわしく、都のことを知っているだろう。さあ教えてくれ、私の恋しい人は無事でいるのか」と、鳥に向かって問いかけるという形をとっています。鳥が答えるはずもないのに問わずにいられない——そこに、都を遠く離れた者のやるせなさ・旅愁がにじみます。なお「都鳥」は今でいうユリカモメだと考えられています。

③ 風景の描写と心情がつながっている

この段では、ただ風景を並べているのではありません。暗く心細い宇津の山道、真夏に雪を頂く季節外れの富士、見たこともない都鳥——都とは違う「異郷(いきょう)」の風景に出会うたびに、男の「都が恋しい」という気持ちが強められていきます。景色(情景)と心情が響き合う書き方に注目すると、文章全体の味わいが深まります。

作品紹介――伊勢物語ってどんな本?

伊勢物語は、平安時代前期に成立したとされる歌物語です。「歌物語」とは、和歌を中心に置き、その歌がよまれた事情を短い物語にして連ねていく形式のこと。全体は「昔、男ありけり」で始まる短い章段(だん)を百二十あまり集めた構成になっています。

主人公の「男」は、平安初期の歌人在原業平(ありわらのなりひら)がモデルだと古くから考えられてきました(ただし、業平本人の話だけでなく、後世に書き加えられた話も混じっているとされ、作者・成立過程ははっきりしていません)。『東下り』は第九段にあたり、業平らしき男が東国へ旅する場面として、ひときわ有名です。

恋・別れ・旅といった人の心の機微を、洗練された和歌とともに描く伊勢物語は、後の『源氏物語』をはじめ、和歌や絵画(かきつばたを描いた尾形光琳の屛風が有名)にも大きな影響を与えました。「みやび(雅)」の美意識を代表する古典として、今も読み継がれています。

定期テストで問われやすい点

  • 折句の問題。「かきつばた」の五文字が各句の頭に置かれていることを指摘・説明できるか。
  • 掛詞の指摘。「なれ」「つま」「はるばる」が、それぞれどんな二つの意味を重ねているか。
  • 縁語の指摘。「から衣・着・なれ・つま・張る」が衣の縁語であること。
  • 「八橋」という地名の由来(蜘蛛手に分かれた川に八つの橋を渡したから)。
  • 「ほとびにけり」の意味と、なぜ乾飯がふやけたのか(みなが涙を落としたから)。
  • 富士山の描写――「時知らぬ」「鹿の子まだら」の意味、比叡山・塩尻のたとえ。
  • 都鳥の歌で、男は何を・誰に問いかけているか(都の恋しい人の安否を、都鳥に)。
  • 「えうなし」「うつつ」「つごもり」「言問ふ」など重要古語の意味。
  • このジャンル(歌物語)と作者(在原業平がモデルとされる)に関する基本知識。

まとめ

『東下り』は、都を離れた男が旅の先々で歌をよみ、都への恋しさ(旅愁)をつのらせていく歌物語です。読みどころは何といっても二つの歌。かきつばたの歌は折句・掛詞・縁語を重ねた技巧の宝庫、都鳥の歌は鳥に安否を問う切実な心情の歌。「修辞のしくみ」と「旅の心情」を結びつけて読むことができれば、この場面はもう怖くありません。原文の歌をすらすら言えるくらい音読して、テストにのぞみましょう。

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