枕草子『心ときめきするもの』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『枕草子』の「心ときめきするもの」は、清少納言が「胸がドキドキ・ワクワクするもの」を次々と短く書き並べた、いわゆる『ものづくし(類聚的章段)』の一つです。雀のひなを飼うこと、よいお香をたいて一人で横になっているとき、きれいに身支度をととのえたとき、そして恋人を待つ夜に雨や風の音にふと胸が高鳴ること――。日常のなかのささやかな『心のときめき』を、清少納言が鋭い観察眼ですくい上げています。

読みどころは、特に最後の一文です。会う約束をした人を待つ夜、雨や風の音にハッとして『あの人が来たのでは』と胸がときめく――この恋する気持ちの描写が、平安貴族の女性の繊細な心をいきいきと伝えます。短い言葉の連続のなかに、清少納言らしい『をかし』の美意識が光る段です。

2. 原文

心ときめきするもの。雀の子飼ひ。ちご遊ばする所の前わたる。よき薫物たきて、一人臥したる。唐鏡の少し暗き見たる。よき男の、車とどめて、案内し問はせたる。頭洗ひ、化粧じて、香ばしうしみたる衣など着たる。ことに見る人なき所にても、心のうちは、なほいとをかし。待つ人などある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふと驚かる。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

胸がときめくもの(=胸をドキドキ・ワクワクさせるもの)。雀のひなを飼うこと。幼児を遊ばせている所の前を通り過ぎるとき。よいお香をたいて、一人で横になっているとき。中国製の上等な鏡の、少し曇っているのをのぞき見るとき。すてきな男性が、自分の家の前に牛車を止めて、供の者に取り次ぎを尋ねさせているとき。髪を洗い、化粧をして、よい香りがしみこんだ着物などを着ているとき。(こんなときは)特別に見ている人がいない所であっても、心の中はやはりとても満ち足りて楽しい気持ちがする。(会う約束をした)待つ人などがいる夜、雨の音や、風が(家を)吹き動かす音にも、(あの人が来たのではないかと)ふとハッと胸がときめく。

4. 重要語句

  • 心ときめきす…胸がときめく。期待や予感で心が自然にドキドキ・ワクワクする。よい意味で用いる
  • 子飼ひ…ひな(子)を飼うこと。ここでは雀のひなを育てること
  • ちご…幼児・赤ん坊。かわいらしい小さな子ども
  • 薫物(たきもの)…種々の香を練り合わせた上等な香。「よき薫物」は高級な練り香
  • 臥(ふ)す…横になる。寝そべる
  • 唐鏡(からかがみ)…中国から渡来した上等で高価な鏡
  • 案内(あない)す…取り次ぎを頼む。来意(用件)を告げて取り次がせる
  • 化粧(けさう)ず…化粧をする。身づくろい・おしゃれをする
  • 香ばし…よい香りがする。かんばしい
  • なほ…やはり。それでもなお
  • をかし…趣がある。心が引かれて楽しい。すばらしい
  • 驚く…ハッとする。気づく。目を覚ます。ここでは(人が来たかと)ハッと胸が高鳴る

5. 文法・読解のポイント

  • 「もの」の省略と連体形止め…「臥したる」「見たる」「着たる」などは、いずれも下に「もの(とき)」が省略された連体形。「~したる(もの・とき)」と、心ときめくものを次々に列挙する『ものづくし』特有の表現になっている。
  • 完了・存続の助動詞「たり」…「臥し『たる』」「しみ『たる』」「着『たる』」の「たる」は、完了・存続の助動詞「たり」の連体形。「~している(状態の)」と存続の意味でとるとわかりやすい。
  • 使役の助動詞「す」…「問は『せ』たる」の「せ」は、使役の助動詞「す」の連用形。「(供の者に)尋ねさせる」の意。男が直接ではなく、家来に取り次ぎを問わせている状況を表す。
  • 自発の助動詞「る」…結びの「ふと驚か『る』」の「る」は、自発の助動詞「る」の終止形。「(思わず・自然と)ハッと胸がときめいてしまう」という、おのずと心が動く感じを表す。受身ではなく自発でとるのが定番。
  • 形容詞「をかし」と副詞「いと」「なほ」…「なほいとをかし」は『やはり・とても・趣深い(心が満たされる)』の意。「をかし」は『枕草子』全体を貫くキーワードで、明るく知的に心引かれる美意識を表す。
  • 類聚的章段(ものづくし)の構成…「~もの」という題を立て、その例を体言や連体形で短く並べていく章段の型。『うつくしきもの』『すさまじきもの』などと同じ形式で、最後の一文に作者の感想・余情が込められることが多い。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:「胸がときめくもの」という題のもとに、清少納言が自分の心がときめく場面を短く列挙していく段。雀のひなを飼うこと、幼児が遊ぶ前を通ること、よいお香をたいて一人横になること、唐鏡の少し曇ったのを見ること、すてきな男性が牛車を止めて取り次ぎを問わせること、髪を洗い化粧して香をたきしめた衣を着ること――こうしたとき、見る人がいなくても心の中はやはり満ち足りて楽しい、と述べる。そして最後に、会う約束をした人を待つ夜、雨や風の音に『あの人が来たのでは』とふと胸がときめく、と恋心の高鳴りで結ぶ。

主題日常のささやかな場面や、身支度・恋人を待つ夜などに、おのずと胸が高鳴る『心のときめき(期待・高揚)』を、こまやかな観察と『をかし』の美意識で書きとめること。特に結びでは、恋する女性の繊細でいきいきとした心情が描かれる。

背景:『枕草子』は平安時代中期、一条天皇の中宮定子に仕えた清少納言が書いた随筆で、日本最古の随筆文学とされる。内容は大きく、自然や人事を観察して種類別に書き並べる『類聚的章段(ものづくし)』、日々の出来事を記す『日記的章段』、感想を述べる『随想的章段』に分けられる。「心ときめきするもの」はその『ものづくし』の代表例で、『うつくしきもの』『すさまじきもの』などと同じ形式。『源氏物語』の『もののあはれ』に対し、明るく知的に心引かれる『をかし』の文学として知られる(段の番号は三巻本系で『第二十七段』とされることが多いが、版本・教科書により異なる)。

確認クイズ(3問)

「心ときめきするもの」とはどういう意味ですか。また、悪い意味でも使いますか。

「胸がドキドキ・ワクワクするもの」という意味で、期待や予感で心が自然に高鳴る様子を表します。よい意味(プラスの高揚)で用い、悪いこと(不安・恐怖)には使いません。

結びの「ふと驚かる」の「る」は何の助動詞で、どう訳しますか。

自発の助動詞「る」(終止形)です。「(思わず・自然と)ハッと胸がときめいてしまう」と訳します。受身ではなく自発でとるのがポイントです。

この段はどんな形式の章段で、最後の一文には何が描かれていますか。

「~もの」という題に例を並べる『類聚的章段(ものづくし)』です。最後の一文では、会う約束をした人を待つ夜に、雨や風の音にハッと胸が高鳴る、恋する女性の繊細な心情が描かれています。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「驚く」を現代語の『びっくりする』だけで訳すと×。古文では『ハッと気づく・目を覚ます』の意があり、ここは『(人が来たかと)ふと気づいて胸が高鳴る』。
  • 「ふと驚かる」の「る」を受身で訳すと誤り。文脈から自発(おのずと~してしまう)でとる。入試・定期テストで助動詞の意味を問われやすい。
  • 「臥したる」「見たる」「着たる」の連体形止めの後に『もの(とき)』が省略されている点を見落としやすい。『ものづくし』の列挙であることを押さえる。
  • 「をかし」を単に『おかしい・滑稽』と訳すミス。『趣がある・心引かれて楽しい』が古文の意味で、『枕草子』のキーワード。
  • 「案内し問はせたる」の「せ」を見落とすミス。使役の助動詞「す」で、男が供の者に取り次ぎを『問わせる』状況だと読み取る。

8. まとめ

・「心ときめきするもの」は、胸が高鳴る場面を短く並べた『ものづくし(類聚的章段)』の一つ。

・雀のひな・お香・身支度など、日常のささやかな高揚を清少納言の観察眼で書きとめている。

・結びは、待つ人がいる夜に雨や風の音でふと胸がときめく――恋する女性の繊細な心情で締めくくる。

・文法の要は、使役の「す」(問はせ)、存続の「たり」(臥したる等)、自発の「る」(ふと驚かる)、そして『をかし』の美意識。

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