方丈記『養和の飢饉』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『養和の飢饉(ようわのききん)』は、鴨長明(かものちょうめい)の随筆『方丈記』の中で、長明が実際に体験した大きな災害の一つを記した場面です。養和年間(1181〜1182年)に二年も続いた飢饉によって、田畑は実らず、都の人々が食べ物を失って次々に飢え死にしていく――そのありさまが、見聞きしたままに淡々と、しかし生々しく描かれます。

『方丈記』全体の主題は「無常(むじょう)」、つまり「この世のすべては移り変わり、確かなものは何ひとつない」という考え方です。この章段は、その無常観を“災害の現実”として読者に突きつける部分。読みどころは、長明の冷静で写実的な筆づかいと、そこからにじみ出る人間へのまなざしです。高校では冒頭の有名な部分がよく扱われます(なお原文では「五穀ことごとくならず」の後に「むなしく春かへし、夏植うる営みありて、秋刈り、冬収むるそめきはなし」という一文が続きますが、ここでは前後の要点を抄出しています)。

2. 原文

【一】
また、養和のころとか、久しくなりて覚えず。二年があひだ、世の中飢渇(けかつ)して、あさましき事侍りき。あるいは春・夏ひでり、あるいは秋・冬大風・洪水など、よからぬ事どもうち続きて、五穀ことごとくならず。

【二】
これによりて、国々の民、あるいは地を捨てて境を出で、あるいは家を忘れて山に住む。さまざまの御祈り始まりて、なべてならぬ法ども行はるれど、さらにそのしるしなし。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【一】
また、養和のころであったか、長い年月がたってしまったので(はっきりとは)覚えていない。二年もの間、世の中は食料が欠乏して(=飢饉となって)、あきれるほどひどいことがありました。ある年は春・夏に日照りが続き、ある年は秋・冬に大風や洪水などと、よくないことが次々に続いて、五穀(米・麦などの穀物)がまったく実らない。

【二】
これによって(=こうしたわけで)、諸国の民は、ある者は土地を捨てて(住んでいた)国の境を出て(よそへ行き)、ある者は自分の家を捨てて山に住む(ようになった)。(朝廷では)さまざまな御祈祷(ごきとう)が始まって、並々でない(特別な)祈りの儀式が数多く行われたけれども、まったくその効き目はない。

4. 重要語句

  • 養和(やうわ)…平安時代末期の年号。1181〜1182年。源平の争乱のさなかにあたる。
  • 久しくなりて…(時が)長くたって。「久し」は「長い時間がたっている」の意。
  • 覚えず…覚えていない。「覚ゆ」+打消の助動詞「ず」。記憶があいまいなことを表す。
  • 二年(ふたとせ)…二年。「年(とせ)」は年を数える語。
  • 飢渇(けかつ)…食べ物が欠乏すること。飢えと渇き。ここでは飢饉(ききん)の状態を指す。
  • あさまし…驚きあきれるほどひどい。意外でなさけない。よい意味では使わない。
  • 侍り(はべり)…「あり」の丁寧語。「〜ございます/〜ました」。読者への丁寧な気持ちを表す。
  • ひでり…日照り。雨が降らず作物が枯れること。
  • 五穀(ごこく)…米・麦・あわ・きび・豆など主要な穀物の総称。
  • ことごとく…すべて。残らず。「ならず」と続いて「まったく実らない」の意。
  • これによりて…これによって。こういうわけで。前の「五穀が実らない」という事態を受け、結果へつなぐ。
  • 御祈り(みいのり)…神仏への祈り、祈祷(きとう)。ここでは朝廷が行う公的な祈り。
  • しるし…効き目。効果。「そのしるしなし」で「その効果はない」。

5. 文法・読解のポイント

  • 「侍りき」の構造…「侍り」はラ変動詞で「あり」の丁寧語(補助動詞)。その連用形に過去の助動詞「き」がついた形。「〜ございました/〜ました」と訳す。長明が読者に語りかける丁寧な調子を作っている。文末がこの丁寧表現になる点が問われやすい。
  • 打消の助動詞「ず」…「覚えず」「五穀ことごとくならず」の「ず」は打消の助動詞。「ならず」は「成る(実る)」の未然形+「ず」で「実らない」。直訳できるかが問われる。
  • 助動詞「る」(行はるれど)…「行はるれど」の「るれ」は受身の助動詞「る」の已然形。「(御祈祷が)行われる」という受身。已然形+「ど」で逆接「〜けれども」を作る。意味(受身か尊敬か)が問われやすいが、ここは主語が「法(祈祷)」という物事なので尊敬ではなく受身。
  • 形容詞「なし」の用法…「しるしなし」の「なし」はク活用の形容詞「無し」の終止形。「効果がない」。係助詞などはなく、言い切りで効き目のなさを強調している。
  • 対句的な表現「あるいは〜あるいは〜」…「あるいは春・夏ひでり、あるいは秋・冬大風・洪水」「あるいは地を捨てて…、あるいは家を忘れて…」のように、同じ形を並べる対句で、災害や人々の混乱が次々と重なるさまをリズムよく描く。和漢混淆文(わかんこんこうぶん)の特徴。
  • 「これによりて」の接続…「これによりて」は「これによって・こういうわけで」の意で、前の「五穀が実らない」という原因を受けて、民が土地や家を捨てるという結果につなぐ。原因→結果の論理の流れを示す(指示語「これ」が前文の内容を受ける点も押さえる)。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:養和の年間、二年にわたって飢饉が続いた。春夏の日照り、秋冬の大風や洪水と災害が重なり、穀物はまったく実らなかった。これによって諸国の民は土地や家を捨ててさまよい、朝廷もさまざまな祈祷を行ったが、まったく効き目はなかった。長明はこの惨状を、自らの見聞をもとに冷静に書きとめている。

主題天災が重なって人々が飢え苦しむ現実を写実的に描き、人の世のはかなさ・無常を読者に伝える。どれほど祈っても抗えない災いの前で、人間の営みがいかに無力であるかを見つめている。

背景:作者は鴨長明(1155頃〜1216)。下鴨神社の神官の家に生まれたが、思うように身を立てられず、晩年は京都郊外の日野山に一丈四方(方丈)の小さな庵を結んで暮らした。その庵での思索をまとめた随筆が『方丈記』で、鎌倉時代初期の1212年に成立したとされる。『枕草子』『徒然草』と並ぶ日本三大随筆の一つで、全体を貫くのは仏教的な「無常観」である。「養和の飢饉」は、長明が体験した五つの大災害(大火・辻風・遷都・飢饉・大地震)の記述の一つにあたる。

確認クイズ(3問)

「あさましき事侍りき」を現代語訳しなさい。また「侍り」「き」の文法的な説明もしなさい。

訳:「あきれるほどひどいことがありました」。「侍り」はラ変動詞「あり」の丁寧語(補助動詞)の連用形、「き」は過去の助動詞で、「〜ました」という丁寧な過去を表す。

飢饉が起きた直接の原因として本文に挙げられている自然災害を、すべて答えなさい。

春・夏のひでり(日照り)、秋・冬の大風(おおかぜ)、洪水。これらの「よからぬ事」が続いて五穀が実らなかった。

「なべてならぬ法ども行はるれど、さらにそのしるしなし」とはどういう意味か。「るれ」「しるし」の意味も含めて説明しなさい。

「並々でない(特別な)祈祷が数多く行われたけれども、まったくその効き目はない」という意味。「るれ」は受身の助動詞「る」の已然形で「行われる」、「しるし」は「効き目・効果」の意。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「あさまし」を現代語の「あさましい(さもしい・卑しい)」と取り違えやすい。古文では「驚きあきれるほどひどい」の意で、卑しさの意味ではない。
  • 「侍り」を本動詞「お仕えする」と混同しやすい。ここは「あり」の丁寧語(補助動詞)で、文末を丁寧にしている点を答えられるようにする。
  • 「行はるれど」の「る」が受身か尊敬かを問われる。ここは「法(祈祷)が行われる」という受身。主語が物事なので尊敬ではない点に注意。
  • 「五穀ことごとくならず」の「なる」を「〜になる」と訳しがちだが、ここは「(穀物が)実る」の意。「実らない」と訳す。
  • 歴史的背景(年号・西日本での被害・方丈記の成立年や作者・無常観)が記述問題で問われることがあるので、養和=1181〜1182年、作者=鴨長明、成立=1212年頃、三大随筆の一つ、という基本を押さえる。

8. まとめ

・養和年間(1181〜1182)の二年続いた飢饉を、長明が見聞をもとに写実的に記録した章段。

・日照り・大風・洪水が重なって五穀が実らず、民は土地や家を捨て、祈祷も効果がなかった、という流れを押さえる。

・重要文法は『侍りき(丁寧語+過去のき)』『ず(打消)』『る(行はるれど=受身)』『なし(ク活用形容詞)』。

・全体の主題は『方丈記』を貫く無常観。災害の前での人間の無力さを通して、世のはかなさを伝えている。

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