はじめに
強盗に家じゅうの物をすべて奪われた尼が、盗人が落としていった小袖(着物)まで「これはもうあの人たちの物でしょう」と言って、わざわざ走って追いかけて返してしまう——。今回読む『安養(あんよう)の尼の小袖』は、そんな、ちょっと信じられないような無欲の話です。
けれども、ただ「いい話だなあ」で終わらせるのはもったいない作品です。尼上のたった一言には、「持ち主が納得していない物は、たとえ自分の手元にあっても自分の物ではない」という筋の通った考え方がこめられています。盗人の心まで動かしてしまう、その理屈をいっしょに読み解いていきましょう。
先生と生徒の会話
生徒:先生、これって……強盗に全部とられたのに、残った着物まで盗人に返しちゃうんですよね? さすがにお人よしすぎませんか?
先生:はは、最初はみんなそう思うんだ。でも尼上は「お人よし」で返したんじゃない。「あの小袖は、盗人がもう自分の物だと思っているはず。持ち主が納得していない物を、どうして私が着られよう」と言うんだよ。
生徒:あ……自分が損するから返したんじゃなくて、「物の持ち主はもう盗人のほう」という理屈で返したんですね。
先生:そう。その筋の通り方に、盗人たちのほうが負けてしまう。「とんでもない所に押し入ってしまった」と、奪った物を全部置いて帰るんだ。心が動くって、こういうことなんだね。
原文
横川(よかわ)の恵心僧都(ゑしんそうづ)の妹、安養の尼のもとに強盗入りて、あるほどの物、みな取りて出でにければ、尼上は紙衾(かみぶすま)といふものばかりを引き着て居(ゐ)られたるに、姉なる尼のもとに、小尼公(こあまぎみ)とてありけるが、走り参りて見ければ、小袖を一つ落としたりけるを取りて、「これ落として侍(はべ)るなり。奉れ」とて、持て来たりければ、尼上のいはれけるは、
「これを取りて後(のち)は、わが物とこそ思ひつらめ。主(ぬし)の心ゆかぬものをば、いかが着るべき。なほ持ておはしまして、取らせ給(たま)へ」
とありければ、門の方へ走り出でて、「やや」と呼び返して、「これを落とし給ひぬ。たしかに奉らん」と言ひければ、盗人ども立ち止まりて、しばし案じたる気色(けしき)にて、「悪(あ)しく参りにけり」とて、取りたりける物どもを、さながら返し置きて帰りにけり。
※出典・本文は十訓抄により、句読点・表記は学習用に整えています。同じ話は『古今著聞集』にも収められており、語句に細かな異同があります(詳しくは末尾の注を参照)。
現代語訳
横川の恵心僧都の妹である、安養の尼上のもとに強盗が入って、家にある物をすっかり奪って出ていってしまったので、尼上は紙衾(紙でできた粗末な夜具)だけを身に引きかけて座っていらっしゃったが、姉である尼上のもとに、小尼公といって(いっしょに暮らしている若い尼が)いて、走って来て見たところ、(盗人が)小袖を一つ落としていたのを拾って、「これを落としていったのです。(お召しになって)ください」と言って持って来たので、尼上がおっしゃったことには、
「この小袖は、(盗人が)手に入れてしまったあとは、自分の物だときっと思っているでしょう。持ち主が納得していない物を、どうして着られましょうか(着られはしません)。さあ、(盗人のところへ)持っていらっしゃって、お返しなさい」
とおっしゃったので、(小尼公は)門のほうへ走り出て、「もしもし」と(盗人を)呼び返して、「これをお落としになりました。確かにお返しいたします」と言ったところ、盗人たちは立ち止まって、しばらく考えこんでいる様子で、「とんでもない(悪い)所に押し入ってしまったものだ」と言って、奪っていた物をすっかり元どおりに返し置いて帰ったということだ。
重要語句
| 語句 | 意味・はたらき |
|---|---|
| あるほどの物 | 家にある(ありったけの)物。「ほど」は範囲を表す。 |
| 紙衾(かみぶすま) | 紙で作った粗末な夜具・かいまき。尼上の質素な暮らしを象徴する。 |
| 居(ゐ)られたる | 座っていらっしゃる。「られ」は尊敬の助動詞。 |
| 小袖(こそで) | 袖口の小さい、ふだん着の着物。当時の貴重な衣類。 |
| 奉(たてまつ)れ/奉らん | 「奉る」は「差し上げる」の謙譲語。ここでは尼上への敬意を表す。 |
| 主(ぬし) | 持ち主。ここでは「(盗んで持ち主になった)盗人」を指す。 |
| 心ゆかぬ | 納得しない、満足しない。「心ゆく」(満足する)の打消。 |
| いかが着るべき | どうして着られようか(いや、着られない)。反語。 |
| やや | 「もしもし」「ねえ」と呼びかける言葉。 |
| 案じたる気色(けしき) | 思案している様子。「案ず」=考える、「気色」=様子。 |
| 悪(あ)しく参りにけり | 都合の悪い(とんでもない)所に来て(盗みに入って)しまったなあ。 |
| さながら | すっかり、そっくりそのまま。 |
読解のポイント
1. 「主の心ゆかぬものをば、いかが着るべき」が話の心臓部
この一文がこの説話の核心です。ふつうなら「盗人が落としていったのだから、せめてこれくらいは私の物にしてもいい」と考えるところ。ところが尼上は逆に、小袖を盗んで手にした時点で、持ち主はもう盗人のほうに移ったと考えます。だから「持ち主(=盗人)が納得していない物を、私が勝手に着るわけにはいかない」となるのです。「いかが〜べき」は反語(どうして〜だろうか、いや〜ない)で、強い否定の気持ちを表します。
2. 敬語が「誰から誰へ」の関係を映している
「奉れ」「奉らん」(差し上げる)、「居られたる」「給へ」「給ひぬ」(〜なさる)と、敬語がこまやかに使われています。小尼公が尼上を敬い、さらに盗人に対してまで「これを落とし給ひぬ」と丁寧に接している点に注目しましょう。相手が盗人であっても礼を尽くすという態度そのものが、この話の品格をつくっています。
3. 盗人の心の動きが結末をつくる
盗人は「立ち止まりて、しばし案じたる気色」になります。すぐに改心したのではなく、いったん立ち止まって考えこむ「間(ま)」が描かれているのが大事なところ。その沈黙のあとに出る「悪しく参りにけり」という一言で、尼上の心ばえに圧倒されたことが伝わります。説話は「教え」を説くだけでなく、こうして人の心が動く瞬間を丁寧に見せてくれます。
作品紹介
『十訓抄(じっきんしょう)』は、鎌倉時代中期、建長四年(1252年)ごろに成立したと考えられる説話集です。題名のとおり、人として守るべき十か条の教訓ごとに章を立て、その教えにふさわしい昔の逸話を集めて、若い人への道徳の手引きとした書物です。この『安養の尼の小袖』は、「人に恵み深くあれ」「欲を少なくせよ」といった教えを示す話として読まれてきました。
作者(編者)は未詳です。古い写本の記述から「六波羅二臈左衛門入道(ろくはらにろうさえもんにゅうどう)」とされ、湯浅宗業(ゆあさむねなり)らに比定する説がありますが、確定はしていません。なお、同じ話は鎌倉時代の説話集『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』にも収められており、教科書や問題集によってどちらの出典で扱うかが分かれます。本文の語句にも細かな違いがあります。
定期テストで問われやすい点
- 「主の心ゆかぬものをば、いかが着るべき」の解釈:ここでの「主」は盗人(小袖を奪って持ち主になった者)を指すこと、「いかが〜べき」が反語であることがよく問われます。
- 「いかが着るべき」の口語訳:「どうして着られようか、いや着られない」と、反語をきちんと訳出できるか。
- 「悪しく参りにけり」の意味と、誰の言葉か:盗人たちの言葉で、「とんでもない所に(盗みに)入ってしまった」という意味。
- 敬語の識別:「奉る」(謙譲)、「居られ」「給へ」「給ひぬ」(尊敬)の種類と、敬意の方向。
- 主題:尼上の無欲・慈悲・道理を貫く心が、盗人をも改心させたという点。
- 古語の意味:「さながら(すっかり)」「やや(もしもし)」「気色(様子)」「心ゆかぬ(納得しない)」。
まとめ
『安養の尼の小袖』は、強盗に何もかも奪われてなお、落ちていた小袖さえ「持ち主が納得しない物は着られない」と言って返してしまう尼上の姿を描きます。それは損得を超えた無欲であると同時に、「物の持ち主とは誰か」をどこまでも筋を通して考える、澄んだ理屈でもありました。
その一言の前では、盗人さえ立ち止まって考えこみ、奪った物を残らず返して去っていきます。力で押し入った者を、力ではなく心ばえと道理で動かす——短いながら、人の心の不思議さがつまった一話です。テストでは反語と敬語、そして「主」が誰を指すかを押さえれば、ぐっと読みやすくなりますよ。
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