おくのほそ道『旅立ち(月日は百代の過客)』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

おくのほそ道 旅立ち 月日は百代の過客 作品解説

松尾芭蕉(まつおばしょう)の紀行文『おくのほそ道』の、いちばん最初の場面「旅立ち」をやさしく解説します。「月日は百代の過客にして……」という、教科書でもおなじみの有名な書き出しの部分です。芭蕉が旅への思いをおさえきれず、住んでいた家を人に譲って、東北・北陸への長い旅へと出発する——その決意がしずかに、しかし力づよく語られています。

ここでは、原文・やさしい現代語訳・重要語句や文法のポイント・主題と背景を、古文が苦手な人にもわかるように順番に見ていきます。テスト対策にも役立つように、係り結びや敬語、俳句の決まりごとも一つずつ整理します。

1. この場面はどんな話?(導入)

『おくのほそ道』は、芭蕉が弟子の曽良(そら)とともに、江戸(今の東京)を出発して、東北地方から北陸地方をめぐり、岐阜県の大垣(おおがき)にたどり着くまでの旅を記した紀行文(旅の記録の文学)です。距離はおよそ二千四百キロ、日数にして約百五十日にもおよぶ大きな旅でした。

この「旅立ち」は、その本のいちばん最初に置かれた序章(じょしょう)にあたります。ここで芭蕉は、いきなり旅の出来事を語りはじめるのではなく、まず「人の一生とは旅のようなものだ」という、人生についての大きな考えを述べます。そのうえで、自分もまた旅に出たくてたまらなくなり、ついに住まいを引きはらって出発するまでの気持ちを書いています。

2. 原文(教科書でよく採られる範囲)

『おくのほそ道』の序章のうち、教科書で「旅立ち」「漂泊(ひょうはく)の思ひ」として採録される定番の範囲を示します。書き出しの「月日は百代の過客にして」から、最初の俳句「草の戸も……」までです。表記は歴史的仮名遣いのままにしてあります。

月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。

予(よ)も、いづれの年よりか、片雲(へんうん)の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜(かいひん)にさすらへ、去年(こぞ)の秋、江上(こうしょう)の破屋(はおく)に蜘蛛(くも)の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞(かすみ)の空に、白河(しらかわ)の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神(どうそじん)の招きにあひて取るもの手につかず、股引(ももひき)の破れをつづり、笠(かさ)の緒(お)付けかへて、三里に灸(きゅう)据(す)うるより、松島の月まづ心にかかりて、住める方(かた)は人に譲り、杉風(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移るに、

 草の戸も住み替はる代(よ)ぞ雛(ひな)の家

※「行きかふ」は「行き交ふ」、「舟」は「船」とも書かれます。「別墅(べっしょ)」は別荘の意味で、本によっては「別所」と書かれることもあります。意味は同じです。

3. やさしい現代語訳

むずかしい言いまわしを、できるだけかみくだいて訳します。

月日(つきひ)というものは、いつまでも終わることのない旅人のようなもので、行っては来る年もまた、同じように旅人なのだ。船頭(せんどう)として舟の上で一生を過ごす者や、馬子(まご)として馬を引きながら年をとっていく者は、毎日が旅であって、旅そのものを自分のすみかとしている。昔の人にも、旅の途中で亡くなった人が多くいる。

私も、いつの年からだったか、ちぎれ雲が風に誘われて流れていくように、あてもなくさすらいたいという思いをおさえきれず、海べをさまよい歩いていた。去年(きょねん)の秋には、(隅田川(すみだがわ)の)川のほとりのあばら家に帰り、(しばらく留守にしていた間に張った)蜘蛛(くも)の古い巣を払って住んでいたが、そのうちにだんだん年も暮れていった。やがて春になり、かすみのかかった空を見ると、(陸奥(みちのく)の)白河(しらかわ)の関を越えて行きたいと、なんとなく人をそわそわさせる神にとりつかれたように心がそぞろになって落ち着かず、旅の安全を守る道祖神(どうそじん)に招かれているような気がして、何を手にとっても手につかない。そこで、(旅じたくとして)股引(ももひき)の破れをつくろい、笠(かさ)のひもを付けかえ、足の三里(さんり)のつぼに灸(きゅう)をすえると、もう松島の月(の美しさ)がまっ先に心にかかって、(旅に出たくてたまらない)。今まで住んでいた家は人に譲り、(弟子の)杉風(さんぷう)の別荘へ移るときに、こんな句をよんだ。

 草ぶきの戸の、この粗末な私の住まいも、住む人が替わる時がきたのだなあ。私が出ていったあとは、雛人形(ひなにんぎょう)を飾るような、はなやかな家になることだろう。

4. 重要語句・敬語・文法のポイント

テストで問われやすいところを、ことばごとに整理します。

おさえておきたい重要語句

  • 百代(はくたい)の過客(かかく)……「百代」は永遠・果てしなく長い年月のこと。「過客」は通り過ぎていく旅人。あわせて「永遠の旅人」という意味。中国の詩人・李白(りはく)の文章をふまえた表現です。
  • 行きかふ年……「過ぎ去っては、また新しくやって来る年」。一年一年が、旅人のように行ったり来たりするさまをいいます。
  • 栖(すみか)……すまい、住む場所。「旅を栖とす」で「旅そのものをすみかとしている」。
  • 予(よ)……「わたし」。芭蕉自身を指す、あらたまった一人称です。
  • 片雲(へんうん)……ちぎれ雲。ひとひらの雲。あてもなくさすらいたい気持ちのたとえとして使われています。
  • 漂泊(ひょうはく)の思ひ……あてもなくさまよい歩きたいという思い。この文章全体の中心となる気持ちです。
  • 去年(こぞ)……「きょねん」を古文ふうに読んだことば。
  • 江上(こうしょう)の破屋(はおく)……川のほとりにあるあばら家。芭蕉の住まい「芭蕉庵(ばしょうあん)」のことを指します。
  • そぞろ神……人の心をなんとなくそわそわと落ち着かなくさせる神。「そぞろ」は「なんとなく・わけもなく」の意味です。
  • 道祖神(どうそじん)……道のほとりにまつられ、旅人や道を守るとされる神。ここでは芭蕉を旅へ誘う存在として描かれます。
  • 三里(さんり)に灸(きゅう)据(す)うる……ひざ下の「三里」というつぼに灸をすえること。長旅の足を丈夫にし、疲れをふせぐためのおまじないのような旅じたくです。
  • 杉風(さんぷう)……芭蕉の弟子で、江戸の魚屋を営んでいた人物。出発前、芭蕉はこの杉風の所有する別荘(採荼庵〈さいとあん〉)に移りました。

文法・敬語のポイント

  • 「月日は百代の過客にして」の「にして」……「~であって」という意味。「にして」は〈断定の助動詞「なり」の連用形「に」+接続助詞「して」〉が組み合わさった形です。
  • 「行きかふ年もまた旅人なり」の「なり」……「~である」と言いきる断定の助動詞です。
  • 「死せるあり」の「る」……「死ぬ」+「り」(完了・存続の助動詞「り」)で、「死んでしまった(人)がいる」という意味。「~した(人)がある」と訳します。
  • 「白河の関越えんと」の「ん」……「越えん」の「ん(む)」は、意志を表す助動詞。「越えよう(と思って)」という気持ちを表します。
  • 敬語について……この場面は、芭蕉が自分の心の動きを語っている文章なので、相手を高める敬語(尊敬・謙譲・丁寧)はほとんど使われていません。「迎ふる」「すうる」などは敬語ではなく、ふつうの動詞の活用(連体形)である点に注意しましょう。「ていねいに書かれているから敬語だ」と早合点しないことが大切です。

俳句「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」のポイント

  • 季語(きご)……「雛(ひな)」。雛人形のことで、季節は(三月の雛祭り)を表します。
  • 切れ字(きれじ)……「」。意味を強め、感動の中心を示すことばです。
  • 係り結び(かかりむすび)……「住み替はる代」の「ぞ」は強意の係助詞で、係り結びをつくります。ここでは句が「家(名詞)」で止まる体言止めになっており、「ぞ」が文全体の意味を強めています。
  • 句の心……世捨て人のように暮らしていた自分が出ていったあと、この粗末な家には新しい家族が住み、女の子のために雛人形が飾られるだろう——という想像です。自分の旅立ちと、住む人の移り変わりとを重ね、しみじみとした感慨をよんでいます。

5. 主題・あらすじ・背景

あらすじ

文章は大きく二つの部分に分かれます。前半では、「月日も年も旅人であり、舟や馬とともに生きる人々は日々旅をしている。昔の人にも旅の途中で死んだ者が多い」と、人生そのものを旅にたとえる大きな考えが語られます。後半では、その考えを受けて、芭蕉自身が「自分も旅に出たくてたまらない」という思いをおさえきれなくなり、家を人に譲って旅じたくを整え、ついに出発する——という流れになっています。

主題(テーマ)

この場面の中心にあるのは、「漂泊(ひょうはく)の思ひ」=あてもなくさすらいたいという旅へのあこがれです。芭蕉にとって旅は、ただの移動や観光ではなく、人生そのものであり、生き方でした。「人の一生は旅のようなもの」という考えが、この出発の決意のおおもとにあります。

背景

『おくのほそ道』は、松尾芭蕉が元禄(げんろく)二年(一六八九年)、四十六歳のときに行った旅をもとにしています。実際の旅のあと、芭蕉は何年もかけて文章を練り直し、最晩年に作品として完成させました。芭蕉が亡くなったのは一六九四年で、この本は江戸時代を代表する紀行文学として、今日まで読みつがれています。

書き出しの「月日は百代の過客にして……」は、中国・唐(とう)の詩人李白(りはく)の文章にある「天地は万物の逆旅(げきりょ=宿屋)にして、光陰(こういん=月日)は百代の過客なり」という一節をふまえています。芭蕉は、昔の中国の名文を下じきにしながら、自分自身の旅への思いを重ねて、この有名な序章を書き起こしたのです。

ここがテストに出る!まとめ

  • 書き出しの一文「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」の意味と、李白の文章をふまえていること。
  • この場面の中心となる気持ち=「漂泊の思ひ」
  • 俳句「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」の季語は「雛」(春)、切れ字は「ぞ」
  • 「予」=芭蕉自身、「江上の破屋」=芭蕉庵、「杉風」=出発前に移った別荘の持ち主(弟子)。

『おくのほそ道』の出発点であるこの序章は、芭蕉の人生観と旅への思いがぎゅっと詰まった名文です。むずかしそうに見えても、「人生は旅だ」という大きな考えと、「旅に出たくてたまらない」という素直な気持ちの二つをつかめば、ぐっと読みやすくなります。声に出して何度か読んでみると、独特のリズムと美しさが感じられるはずです。

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