導入:なぜ「東下り」はテストに頻出なのか
伊勢物語の第九段「東下り(あづまくだり)」は、教科書・入試で最もよく出る名場面のひとつです。理由は二つあります。ひとつは、折句(おりく)・掛詞(かけことば)・縁語(えんご)という和歌の代表的な技法が、一つの段の中にぎゅっと詰まっているから。もうひとつは、都を離れた主人公の望郷(ぼうきょう)・旅愁(りょしゅう)という、わかりやすく心に響くテーマを持っているからです。短いお話の中に「読みどころ」と「問いどころ」が両方そろっているので、出題者にとって使いやすいのですね。
主人公は、ただ「男」とだけ書かれます。これは在原業平(ありわらのなりひら)がモデルとされる人物です。物語全体の流れをつかみたい人は、伊勢物語のあらすじもあわせて読むと、この段の位置づけがよくわかります。
あらすじ:都を捨て、東国(あづま)への旅
男は、自分のことを「無用の者(いらない人間)」と思いつめ、もう都にはいるまいと決めて、東国(今の関東地方のあたり)へ住む場所を求めて旅に出ます。気心の知れた友人一人か二人と連れ立っての、心細い旅でした。旅の道すじにそって、三つの名所で三つの和歌が詠まれます。
まず三河国(みかわのくに)の八橋(やつはし)。水路がクモの足のように八方へ分かれ、橋を八つ渡してあるのでこの名がつきました。そこにかきつばたが美しく咲いていたので、「かきつばたの五文字を句の頭に置いて旅の心を詠め」と言われ、最初の歌が生まれます。一同はその歌に涙し、持っていた乾飯(かれいひ=干したご飯)が涙でふやけてしまいました。
次に駿河国(するがのくに)の宇津の山(うつのやま)。暗くて細い、つたやかえでの茂る山道で、顔見知りの修行者(しゅぎょうじゃ)に偶然出会い、都の恋しい人へ手紙を託して二首目を詠みます。さらに進むと富士の山が見え、夏なのに雪が積もっているのに驚きます。
最後に武蔵国(むさしのくに)と下総国(しもうさのくに)の境の隅田川(すみだがわ)。白い水鳥を見て渡し守にたずねると「都鳥(みやこどり)」だと言うので、その名にちなんで三首目を詠み、一行は皆、涙を流すのでした。
三つの名歌:八橋・宇津の山・隅田川
一首目(八橋):かきつばたの折句
原文:からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
(唐衣 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ)
―『伊勢物語』第九段
現代語訳:唐衣を着て、着なれて体になじむように、長年なれ親しんだ妻が(都に)いるので、その妻を残してはるばる遠くまで来てしまった旅を、しみじみと悲しく思うことだ。
この歌は、各句の頭の音をつなげると「か・き・つ・は(ば)・た=かきつばた」になる折句です。さらに掛詞が三つ重なります。「なれ」は衣が「萎る(なる=着くたびれる)」と人に「馴る(なじむ)」、「つま」は着物の「褄(つま=衣のすそ)」と「妻」、「はるばる」は布を「張る」と「遥々(遠く)」、「きぬる」は「来ぬる(来てしまった)」と「着ぬる(着てしまった)」を掛けています。「唐衣・着・なれ・褄・張る」はすべて衣に関係する縁語で、衣のイメージと妻への思いを一本につないでいます。
二首目(宇津の山):「うつつ」と「宇津」
原文:するがなる うつの山べの うつつにも ゆめにも人に あはぬなりけり
(駿河なる 宇津の山辺の うつつにも 夢にも人に あはぬなりけり)
―『伊勢物語』第九段
現代語訳:駿河の国にある宇津の山のあたりでは、現実にも、また夢の中でさえも、恋しいあなたに会えないことだなあ。
地名の「宇津(うつ)」と、「現実」を意味する「うつつ」が掛詞になっています。せめて夢でなら会えそうなものなのに、夢にすら出てこない――という嘆きで、都の人を恋う気持ちの深さが伝わります。なお、この直後に詠まれる富士の山の歌「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ」も有名で、季節を無視して雪を降らせる富士の不思議さを詠んでいます。
三首目(隅田川):都鳥への問いかけ
原文:なにしおはば いざこととはむ みやこどり わがおもふ人は ありやなしやと
(名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと)
―『伊勢物語』第九段
現代語訳:「都」という名を持っているのなら、さあ、おまえに尋ねよう、都鳥よ。私の恋しく思うあの人は(都で)無事でいるのか、いないのか、と。
「都鳥」という鳥の名に「都」が含まれることに着目し、その名にふさわしいなら都のことを知っているはずだ、と鳥に問いかける趣向です。旅の果てで都を恋しがる心が、最も直接的にあらわれた一首で、舟の中の一行は皆、涙を流しました。三首ともに望郷の思いで貫かれているのが、この段の大きな特色です。
重要語・技法ポイント
| 語・技法 | 意味・はたらき |
| 折句(おりく) | 各句の頭に物の名を一字ずつ置く技法。一首目は「かきつばた」を隠している。 |
| 掛詞(かけことば) | 一つの音に二つの意味を持たせる。「なれ=萎る/馴る」「つま=褄/妻」「うつ=宇津/うつつ」など。 |
| 縁語(えんご) | 意味でつながる語をちりばめる。一首目の「唐衣・着・なれ・褄・張る」は衣の縁語。 |
| あづま(東国) | 今の関東地方を中心とする東の国々。都から見て遠い「いなか」とされた。 |
| 乾飯(かれいひ) | 干して持ち運べるようにしたご飯。旅の携帯食。涙で「ほとびにけり(ふやけた)」。 |
| 望郷・旅愁 | 故郷(都)や残してきた人を恋しく思う気持ち、旅先で感じるさびしさ。本段全体の主題。 |
テストでの問われ方
定番の出題はだいたい次の通りです。
- 折句:一首目に隠された五文字を答えさせる(答え=かきつばた)。各句の頭の音を拾う問題。
- 掛詞の指摘:「なれ」「つま」「はるばる」「きぬる」「うつつ」が、それぞれどの二つの意味を掛けているかを説明させる。
- 縁語:一首目で「衣」に関係する語をすべて抜き出させる。
- 主題・心情:三首に共通する心情(望郷・旅愁)を記述させる。
- 口語訳・文法:「あはぬなりけり」「ありやなしや」などの訳や、助動詞「けり」のはたらきを問う。
掛詞や句切れの基本を固めたい人は、和歌の修辞法と和歌の句切れをあわせて確認しておくと、得点が安定します。
まとめ
「東下り」は、都を離れた男が八橋・宇津の山・隅田川で三首の和歌を詠み、そのすべてに望郷の思いをこめた段です。折句・掛詞・縁語という技法のお手本がそろい、テーマもはっきりしているため、教科書でも入試でも繰り返し取り上げられます。「かきつばた」の折句、「宇津=うつつ」の掛詞、「都鳥」への問いかけ――この三点を押さえれば、設問の大半に対応できます。声に出して読み、技法と心情をセットで覚えておきましょう。

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