玉勝間『師の説になづまざること』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『玉勝間(たまかつま)』は、江戸時代の国学者・本居宣長(もとおりのりなが)が書いた随筆集です。この『師の説になづまざること』は、宣長が自分の学問の姿勢を語った有名な一節で、「師(先生)の説でも、まちがっていれば遠慮なく正してよい」という考えを述べています。宣長の師は、当時の大学者・賀茂真淵(かものまぶち)です。

「なづむ」は『こだわる・とらわれる』という意味。つまり題は『師の説にこだわらないこと』。先生を大切にしないのではなく、むしろ『まちがいを正してこそ本当に師を尊ぶことになる』という、学問にまっすぐ向き合う宣長の信念が読みどころです。古文の敬語(先生への敬意)や、反語・打消の表現がどう使われているかにも注目しましょう。

2. 原文

【第一段】
おのれ古典(いにしへぶみ)を説くに、師の説とたがへること多く、師の説のわろきことあるをば、わきまへ言ふことも多かるを、いとあるまじきことと思ふ人多かんめれど、これすなはちわが師の心にて、常に教へられしは、「のちによき考への出で来たらむには、必ずしも師の説にたがふとて、なはばかりそ。」となむ、教へられし。これはいと貴き教へにて、わが師の世にすぐれ給へる一つなり。

【第二段】
おほかた、いにしへを考ふること、さらに一人二人の力もて、ことごとくあきらめ尽くすべくもあらず。また、よき人の説ならんからに、多くの中には、誤りもなどかなからむ。必ずわろきこともまじらではえあらず。そのおのが心には、今はいにしへの心ことごとく明らかなり、これをおきては、あるべくもあらずと、思ひ定めたることも、思ひのほかに、また人のよき考へも出で来るわざなり。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【第一段】
私が古典を説明するときに、師(賀茂真淵先生)の説と食い違うことが多く、師の説のよくないところがあるのを、はっきりと判断して言うことも多いのを、まったくあってはならないことだと思う人が多いようだけれど、これがそのまま私の師の考えなのであって、(先生が)いつもお教えになったことは、「後になってよい考えが出てきたなら、必ずしも師の説と食い違うからといって、遠慮することはない。」と、お教えになった。これはとても尊い教えで、私の師がこの世にすぐれていらっしゃる点の一つである。

【第二段】
だいたい、古代のことを明らかにするのは、決して一人や二人の力で、すべてを残らず解き明かし尽くせるものではない。また、いくらすぐれた人の説だからといって、多くの説の中には、どうして誤りがないことがあろうか(いや、誤りもあるはずだ)。必ずよくないところもまじらずにはいられない。その人自身の心では、今はもう古代の心がすべて明らかになった、これ以外にはあるはずがない、と思い決めたことでも、思いがけず、また別の人のよりよい考えも出てくるものなのだ。

4. 重要語句

  • なづむ…こだわる。とらわれる。執着する。題の『なづまざる』は『こだわらない』。
  • おのれ…私。自分(一人称)。ここでは作者・本居宣長自身を指す。
  • 古典(いにしへぶみ)…古代の書物。古い時代の文献。
  • わろし…よくない。劣っている。『悪し(あし)』ほど強くなく、『好ましくない』程度の意味。
  • わきまふ…区別する。はっきり判断する。『わきまへ言ふ』で『判断して言う』。
  • あるまじきこと…あってはならないこと。『まじ』は打消の推量・禁止を表す。
  • なはばかりそ…遠慮するな。『な〜そ』で柔らかな禁止『〜してくれるな』を表す。
  • 貴し(たふとし)…尊い。立派でありがたい。
  • おほかた…だいたい。総じて。一般に。
  • あきらむ…明らかにする。はっきりさせる。現代語の『あきらめる(断念)』とは意味が違う。
  • などか〜む…どうして〜だろうか(いや、〜だ)。反語を表す言い方。
  • わざ…こと。ものごと。『〜わざなり』で『〜ものだ』。

5. 文法・読解のポイント

  • 尊敬の助動詞「らる」+過去「き」(教へられし)…「教へられし」の「られ」は尊敬の助動詞「らる」の連用形で、師(賀茂真淵)の動作を敬っている。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。『先生がお教えになった』と訳す。敬意の方向は『作者→師』。受身ではなく尊敬である点に注意。
  • 禁止の助動詞「まじ」(あるまじきこと)…「あるまじきこと」の「まじき」は打消推量・禁止の助動詞「まじ」の連体形。『あってはならないこと』の意味。「まじ」は終止形(ラ変型には連体形)に接続する。
  • 「な〜そ」の柔らかな禁止(なはばかりそ)…「なはばかりそ」は『な+連用形+そ』の形で、『〜してくれるな・〜するな』という穏やかな禁止を表す。直訳は『遠慮するな』。間に動詞「はばかる」の連用形「はばかり」が入っている。
  • 反語の「などか〜む」(誤りもなどかなからむ)…「などかなからむ」の「など(か)」は反語の副詞、「なから」は形容詞「なし」の未然形、「む」は推量の助動詞。『どうして誤りがないことがあろうか、いや、あるはずだ』と訳す。誤りがあることを強調する言い方。
  • 推量・婉曲の「らむ/めり」(出で来たらむ・多かんめり)…「出で来たらむ」の「む」は仮定・婉曲の助動詞で『出てきたような場合には』の意。「多かんめれ」は「多かるめれ」の撥音便で、「めり」は『〜のようだ』という推定(見た目の判断)を表す。
  • 強意の係助詞「なむ」と係り結び…「となむ、教へられし」の「なむ」は強意の係助詞で、結びは連体形「教へられし」になる(係り結び)。文末の語形が連体形になっている点を確認する。
  • 打消+打消で強い肯定(まじらではえあらず)…「まじらではえあらず」は『まじらないではいられない=必ずまじっている』という意味。「で」は打消接続、「え〜ず」は不可能(〜できない)を表す呼応表現。二重否定で強い肯定になる。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:本居宣長は、自分が古典を説くときに師(賀茂真淵)の説と食い違い、師の説の誤りをはっきり指摘することが多いと述べる。それを「先生に失礼だ」と思う人もいるが、実はそれこそが師の教えそのものだという。師は常々「後によい考えが出てきたら、自分の説と違っても遠慮するな」と教えていた。宣長はこれを尊い教えとし、師のすぐれた点だと評価する。続けて、古代を明らかにする学問は一人二人の力で完成するものではなく、どんなにすぐれた人の説にも誤りはまじるものだと説く。だからこそ、師の説でも悪いところは悪いと正すことこそが、本当に師を尊ぶことになる――という学問の姿勢を語っている。

主題師の説であっても、誤りがあれば遠慮なく正すべきだという学問の姿勢。学問は一人の力で完成するものではなく、真理の追究を最優先にすべきで、まちがいを正すことこそが本当に師を尊ぶことになる、という宣長の信念。盲目的に師に従うのではなく、よいものはよい・悪いものは悪いと判断する自由で誠実な探究心を説いている。

背景:『玉勝間』は本居宣長(1730〜1801)が晩年に書いた随筆集で、全14巻。国学(日本古来の文献を研究する学問)の考え方や、研究の中で気づいたことが幅広く記されている。宣長は『古事記伝』を著した江戸時代を代表する国学者で、その師が万葉集研究で知られる賀茂真淵である。二人は一度しか直接会っていない(「松坂の一夜」)が、宣長は真淵を生涯の師と仰いだ。当時は師の説を絶対視する風潮もあったが、宣長はあえて「師の説でも誤りは正すべき」と説いた。これは師を軽んじるのではなく、真理を第一に置く学問の精神であり、近代的な合理的探究の姿勢の先駆けとして高く評価されている。

確認クイズ(3問)

題名にある「なづむ」の意味は何ですか。

『こだわる・とらわれる・執着する』という意味。題『師の説になづまざること』は『師の説にこだわらないこと』を表す。

「常に教へられし」の「られ」は受身・尊敬どちらで、誰を敬っていますか。

尊敬の助動詞「らる」で、師である賀茂真淵を敬っている(敬意の方向は作者→師)。『(先生が)お教えになった』と訳す。

この文章で宣長が最も伝えたかった学問の姿勢は何ですか。

師の説であっても誤りがあれば遠慮なく正すべきで、真理の追究を第一にすること。誤りを正すことこそが本当に師を尊ぶことになる、という考え。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「なづむ」を現代語の意味で取らない。古文では『こだわる・執着する』。題『なづまざること』=『(師の説に)こだわらないこと』を正しく訳せるかがよく問われる。
  • 「教へられし」の「られ」を受身と取り違えない。ここは尊敬で、誰を敬っているか(=師・賀茂真淵)と、敬意の方向(作者→師)が頻出。
  • 「あきらむ」を『あきらめる(断念)』と誤訳しない。古文では『明らかにする』。
  • 「などかなからむ」が反語であることを見抜けるか。『どうして〜ないだろうか(いや、ある)』と訳し、誤りがあることを強調していると説明できるかが問われる。
  • 主題の方向を取り違えない。『師を軽んじる』ではなく『誤りを正すことこそ真に師を尊ぶ』という宣長の真意を読み取れるかがポイント。

8. まとめ

・『玉勝間』は本居宣長の随筆集。『師の説になづまざること』は、師の説でも誤りは遠慮なく正すべきだという学問の姿勢を説いた一節。

・宣長の師は賀茂真淵。『後によい考えが出たら師の説と違っても遠慮するな』という真淵の教えそのものを、宣長は受け継いでいる。

・文法では、尊敬『らる』+過去『き』(教へられし)、禁止『まじ』『な〜そ』、反語『などか〜む』、係り結び『なむ〜連体形』が頻出ポイント。

・主題は『真理の追究を最優先し、まちがいを正すことこそが本当に師を尊ぶこと』。盲従ではない誠実な探究心を示す。

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