1. はじめに
『土佐日記』は、平安時代の歌人・紀貫之(きのつらゆき)が、土佐の国司(こくし)の任期を終えて京へ帰る旅のようすを書いた日記です。貫之は男性ですが、わざと「女性が書いたふり」をしてかな文字でつづったことで知られ、日本で最初のかな日記といわれます。
この『羽根』の場面は、旅の十一日目、「羽根(はね)」という土地に着いたところから始まります。小さな子どもが「羽根って、鳥の羽みたいな形なのかな」とあどけない質問をし、人々は思わず笑います。ところがその「羽根=飛ぶ」という連想から、貫之たち一行は、土佐で亡くした幼い娘のことを思い出してしまいます。明るい子どもの一言が、一転して深い悲しみへとつながっていく、感情の振れ幅が読みどころです。
2. 原文
【羽根といふ所】
今し、羽根といふ所に来ぬ。わかき童、この所の名を聞きて、「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある。」と言ふ。まだをさなき童の言なれば、人々笑ふときに、ありける女童なむ、この歌をよめる。
まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな
とぞ言へる。
【亡児をしのぶ】
この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、また昔の人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。今日はまして、母の悲しがらるることは。下りしときの人の数足らねば、古歌に「数は足らでぞ帰るべらなる」といふことを思ひ出でて、人のよめる、
世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな
と言ひつつなむ。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【羽根といふ所】
ちょうど今、羽根という所に着いた。幼い子どもが、この場所の名前を聞いて、「羽根という所は、(名前のとおり)鳥の羽のような形なのかなあ。」と言う。まだ幼い子どもの言葉なので、人々が笑っているときに、(その場に)いた女の子が、この歌を詠んだ。
ほんとうに、名前に聞く(この羽根という)所が(鳥の)羽であるならば、(その羽で)飛ぶように、早く都へ帰りたいものだなあ。
と言ったのだった。
【亡児をしのぶ】
この羽根という所の名を尋ねる子どもをきっかけに、また、(土佐で亡くした)昔の人(=娘)のことを思い出して、いったいいつ忘れることがあるだろうか、いや、忘れることはない。今日はとりわけ、(その娘の)母が悲しまれることといったら(ひとしおだ)。(京から土佐へ)下ったときの人数が(帰りには娘を失って)足りないので、古い歌に「(旅立ったときと)数が足りないままで帰っていくようだ」とあることを思い出して、ある人が詠んだ歌、
世の中のことをあれこれ思いめぐらすけれど、亡くした子を恋い慕う思いにまさる思いは、ほかにないのだなあ。
と言い続けたのだった。
4. 重要語句
- 今し…ちょうど今。「し」は語調を整える強めの副助詞。
- わかき童(わかきわらは)…幼い子ども。「童」は元服前の子ども。
- をさなし…幼い。あどけない。年齢が小さい。
- 女童(めのわらは)…女の子。少女。
- まことにて…本当に。実際に。
- もがな…~があればなあ、~したいものだ、という願望を表す終助詞。
- まして…いっそう。とりわけ。なおさら。
- 下る(くだる)…都から地方へ行く。ここでは京から土佐へ赴任したこと。
- べらなり…~のようだ、~しそうだ、という推量を表す助動詞(上代~平安初期の語)。
- 思ひやる…(遠くのことに)思いをはせる。あれこれ思いめぐらす。
- 恋ふ…恋い慕う。慕わしく思う。ここでは亡き子を慕う親心。
- 昔の人…ここでは土佐で亡くなった、貫之の幼い娘を指す婉曲な言い方。
5. 文法・読解のポイント
- 係り結び「やある」…「鳥の羽のやうにやある」の「や」は疑問の係助詞で、文末を連体形「ある」で結ぶ。「~であるのだろうか」という子どものあどけない疑問になる。
- 願望の終助詞「もがな」…「都へもがな」の「もがな」は願望を表し、「(早く)都へ帰りたいものだなあ」の意。羽=飛ぶの連想を受け、帰京への切実な願いを示す。
- 和歌の掛詞・縁語的工夫(一首目)…地名の「羽根」と鳥の「羽」を重ね、「飛ぶ」へとつなげる。地名から鳥の羽→飛ぶ→都へ、という連想で機知的に望郷の念を詠んでいる。女童の歌である点もポイント。
- 係り結び(反語)「いづれの時にか忘るる」…「か」は疑問・反語の係助詞で、結びは連体形「忘るる」。「いつ忘れることがあろうか、いや忘れはしない」という反語で、娘を忘れられない思いを強調する。
- 助動詞「る」(尊敬)…「母の悲しがらるること」の「らるる」は、四段動詞「がる」の未然形「がら」に尊敬の助動詞「る」(連体形「るる」)が付いた形。亡き子の母(貫之の妻)への敬意を表す尊敬とみるのが一般的で、「母がお悲しみになること」と訳す。
- 助動詞「べらなり」(推量)…古歌の引用「数は足らでぞ帰るべらなる」で、「べらなる」は推量「べらなり」の連体形(係助詞「ぞ」の結び)。「足らで」は打消の接続助詞「で」で「足りないで」。
- 対比による主題表現(二首目)…「思ひ」を繰り返し、世間へのさまざまな思いと、子を恋う思いとを対比。「子を恋ふる思ひ」にまさるものはないと、わが子を失った親の悲しみを普遍的に詠み上げる。
6. 主題・あらすじ・背景
あらすじ:旅の十一日目、一行は「羽根」という土地に着く。幼い子どもが地名を聞いて「羽根って鳥の羽みたいな形なのかな」とあどけない疑問を口にし、人々は笑う。その場にいた女の子が、「名のとおり羽なら、飛ぶように早く都へ帰りたい」と機知に富んだ歌を詠む。しかし「羽根=飛ぶ」という連想は、一行に土佐で亡くした幼い娘のことを思い出させる。今日はとりわけ娘の母が深く悲しみ、京を出たときより帰りの人数が減ってしまったことが、喪失の悲しみを際立たせる。最後に「世の中で、子を恋い慕う思いにまさる思いはない」と、亡き子を悼む歌が詠まれる。
主題:無邪気な子どもの一言をきっかけに、土佐で亡くした幼い娘への深い悲しみがよみがえる場面。明るい笑いから一転して、わが子を失った親の癒えない哀しみ(亡児への追慕)が主題となっている。望郷の念と肉親を喪った悲嘆が重なり合う点に、この章段の心の動きがある。
背景:『土佐日記』は紀貫之が承平4~5年(934~935年)ごろ、土佐守としての任期を終えて土佐から京へ帰る約55日間の船旅を題材に書いた、日本最古のかな日記。作者は男性だが「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」と女性に仮託して書き起こした。土佐滞在中に幼い娘を亡くしており、帰京の旅の各所でその悲しみが繰り返し描かれる。「羽根」の段は、その亡児追慕のモチーフが最もよく表れた場面の一つである。
確認クイズ(3問)
一首目の和歌「まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな」で、地名の「羽根」とかけられている語は何ですか。また、この歌は誰が詠みましたか。
鳥の「羽」とかけられています(羽→飛ぶ→都へ、と連想します)。詠んだのはその場にいた女童(女の子)です。
「いづれの時にか忘るる」は文法的に何といい、どんな意味になりますか。
係助詞「か」による係り結び(結びは連体形「忘るる」)で、反語を表します。「いつ忘れることがあろうか、いや忘れはしない」という意味です。
「母の悲しがらるること」の「母」とは誰のことで、なぜ今日とりわけ悲しんでいるのですか。
「母」は、土佐で亡くなった娘の母(紀貫之の妻)です。「羽根=飛ぶ」の連想から亡き娘を思い出し、また帰りの人数が減ったことも重なって、今日はとりわけ深く悲しんでいます。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「昔の人」が誰を指すかが問われやすい。ここでは土佐で亡くなった貫之の幼い娘を婉曲にいった表現である点を必ず押さえる。
- 一首目の和歌の掛詞「羽根(地名)=羽(鳥の羽)」と、「もがな」が願望を表すことがよく問われる。歌の詠み手が『女童』である点も要注意。
- 「いづれの時にか忘るる」を単なる疑問でなく、反語(忘れはしない)と訳せるかがポイント。係り結びの結び「忘るる」(連体形)も問われる。
- 「悲しがらるること」の「る(らるる)」を、尊敬(母への敬意)と判断できるか。受身ととりちがえやすいので注意。
- 「数足らねば」「数は足らでぞ帰るべらなる」が、亡くした娘の分だけ人数が減ったことを表している、という心情のつながりを読み取れるかが問われる。
8. まとめ
・旅の十一日目、「羽根」の地名から、子どもの無邪気な質問→女童の機知的な歌→亡き娘の追慕、と話が展開する。
・一首目(女童の歌)は「羽根=羽=飛ぶ」の連想で都への帰りたい思い(望郷)を、二首目は亡き子を恋う親の悲しみを詠む。
・文法では『やある』『いづれの時にか忘るる』の係り結び、願望の『もがな』、尊敬の『る(らる)』、推量の『べらなり』が頻出。
・明るい笑いから一転して深い悲しみへと移る心の動きと、わが子を失った親の癒えぬ哀しみ(亡児追慕)が、この章段の主題である。
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