竹取物語『燕の子安貝』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『竹取物語』は、かぐや姫が五人の貴公子と帝に難題(むずかしい宝物の要求)を出し、それぞれが失敗していく物語です。『燕の子安貝(つばめのこやすがい)』は、そのうちの一人、中納言石上麻呂足(いそのかみのまろたり)が「燕が産むという子安貝」を取ろうとして、こっけいな失敗をする場面です。

高い足場(あななひ)を組んで燕の巣をねらい、最後は自分で籠(かご)に乗って引き上げられますが、つかんだのは貝ではなく燕の古い糞(ふん)。しかも綱が切れて落ち、腰を打って寝込んでしまいます。「甲斐(かい)がない」という言葉の語源にもなった、笑いと哀れさが入りまじった有名な段で、和歌の掛詞(かけことば)も読みどころです。

2. 原文

【くらつまろの策】
くらつまろ申すやう、「この燕の子安貝は、悪しくたばかりて取らせたまふなり。さては、え取らせたまはじ。あななひにおどろおどろしく二十人の人ののぼりてはべれば、あれて寄りまうで来ず。せさせたまふべきやうは、このあななひをこほちて、人皆退きて、まめならむ人一人を、荒籠に乗せ据ゑて、綱を構へて、鳥の子産まむ間に、綱を吊り上げさせて、ふと子安貝を取らせたまはむなむ、よかるべき」と申す。

【糞をつかむ場面】
燕、子産まむとて、尾をささげて、いたくめぐるに合はせて、綱を引き上げて探りたまふに、手に平める物さはる時に、「我、物握りたり。今はおろしてよ。翁、し得たり」とのたまふ。集まりて、とくおろさむとて、綱を引き過ぐして、綱絶ゆるすなはちに、八島の鼎の上に、のけざまに落ちたまへり。……御髪もたげて、御手を広げたまへるに、燕のまり置ける古糞を握りたまへるなりけり。それを見たまひて、「あな、かひなのわざや」とのたまひけるよりぞ、思ふにたがふことをば、「かひなし」とは言ひける。

【かぐや姫との和歌】
かぐや姫、「年を経て波立ち寄らぬ住の江のまつかひなしと聞くはまことか」中納言、「かひはかくありけるものをわび果てて死ぬる命をすくひやはせぬ」と書きはてて、絶え入りたまひぬ。これを聞きて、かぐや姫、すこしあはれとおぼしけり。それよりなむ、すこしうれしきことをば、「かひあり」とは言ひける。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【くらつまろの策】
くらつまろが申し上げるには、「この燕の子安貝は、まずいやり方で計画なさってお取らせになるのです。それでは、お取りになることはできないでしょう。足場の上に大げさに二十人もの人が登っておりますので、燕は怖がって近寄ってまいりません。なさるべき方法は、この足場を壊して、人を皆退かせて、まじめそうな人を一人、目の粗い籠に乗せ据えて、綱を用意して、鳥が卵を産もうとする間に、綱を吊り上げさせて、さっと子安貝をお取らせになるのが、よいでしょう」と申し上げる。

【糞をつかむ場面】
燕が、子を産もうとして、尾を持ち上げて、激しくぐるぐる回るのに合わせて、綱を引き上げて(中納言が)手探りなさると、手に平たい物が触れる時に、「私は、物をつかんだ。今は(私を)降ろしてくれ。じいさん、うまくやったぞ」とおっしゃる。(家来たちが)集まって、早く降ろそうとして、綱を引きすぎて、綱が切れると同時に、八島の鼎(大きな釜)の上に、あおむけに落ちなさった。……髪を持ち上げて、お手を広げなさると、燕がしておいた古い糞を握っていらっしゃったのであった。それをご覧になって、「ああ、何の甲斐もないことよ」とおっしゃったことから、思いどおりにならないことを「かひなし(甲斐なし)」と言うようになった。

【かぐや姫との和歌】
かぐや姫が、「長い年月がたっても波が立ち寄らない(=あなたがおいでにならない)住の江の、その松ではないが、待っても甲斐がない(=貝がない)と聞くのは本当ですか」(と歌を贈った)。中納言は、「甲斐は(あなたのお見舞いという形で)このようにあったのに、すっかり弱り果てて死んでいくこの命を、救ってはくださらないのですか」と書き終えて、息絶えなさった。これを聞いて、かぐや姫は、少し気の毒だとお思いになった。それ以来、少しうれしいことを「かひあり(甲斐あり)」と言うようになった。

4. 重要語句

  • たばかる…あれこれ工夫する。計画を立てる。だます意もあるが、ここは「策をめぐらす」の意。
  • あななひ…足場。高い所の作業のために組んだやぐら・はしご状の組み立て。
  • おどろおどろし…大げさだ。仰々しい。ものものしい。
  • まめなり…まじめだ。誠実だ。実直だ。
  • 荒籠(あらこ)…目の粗い、ざっくり編んだ大きな籠。
  • ふと…さっと。すばやく。急に。
  • のけざま…あおむけ。うしろにそりかえった姿勢。
  • まる…(大小便を)する。「まり置ける」は「(糞を)してあった」。
  • 古糞(ふるくそ)…古い糞(ふん)。
  • かひなし…効果がない。むだだ。「甲斐なし」。「貝なし」と掛けている。
  • わび果つ…すっかり困り果てる。つらい思いを最後までする。弱り果てる。
  • あはれなり…しみじみと心を動かされる。ここでは「気の毒だ・かわいそうだ」。

5. 文法・読解のポイント

  • 敬語による人物関係(尊敬語の方向)…中納言の動作には「のたまふ(言ふの尊敬)」「たまふ(お~になる)」「御手・御髪(接頭語の御)」が付き、語り手が中納言を敬っている。一方くらつまろや家来の動作には敬語が薄く、身分差が示される。
  • くらつまろが中納言へ使う「申す」…「申す」は「言ふ」の謙譲語。話し手のくらつまろが、自分の動作(言う)をへりくだることで、動作の受け手(聞き手)である中納言を敬う。会話文中の敬語の向きをおさえる。
  • 使役の助動詞「す・さす」…「乗せ据ゑて」「吊り上げさせて」「取らせたまはむ」の「せ・させ」は使役。中納言が家来に〈~させる〉という構図。「取らせたまはむ」は使役+尊敬+意志(推量)の重なり。
  • 完了・存続「り」と過去「けり」…「握りたまへるなりけり」は、存続「り(たまへ+る)」+断定「なり」+過去(詠嘆)「けり」。「実は~だったのだなあ」という発見・詠嘆のニュアンス。語源説明の「言ひける」の「ける」も過去。
  • 和歌の掛詞①「かひ(貝/甲斐)」…「まつかひなし」「かひはかくありけるものを」の「かひ」は、子安貝の「貝」と、効果・ねうちの「甲斐」を掛ける。この段全体のオチ(かひなし/かひあり)と結びつく中心的な掛詞。
  • 和歌の掛詞②「まつ(松/待つ)」・縁語「住の江・波」…かぐや姫の歌の「まつ」は、住の江の名所「松」と「待つ」の掛詞。「住の江」「波」「松」は歌枕・縁語の取り合わせ。「波立ち寄らぬ=訪れない」を暗示する。
  • 語源説話(地口)の型…「『あな、かひなのわざや』とのたまひけるよりぞ…『かひなし』とは言ひける」は、言葉の由来を物語に結びつける言葉遊び。係助詞「ぞ」の結びは連体形「ける」(係り結び)。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:中納言石上麻呂足は、かぐや姫から「燕の持つ子安貝」を求められ、燕が巣を作る大炊寮(おおいづかさ)の屋根に高い足場を組ませて取ろうとする。しかし大勢の人が登っていて燕が寄りつかない。そこへ老人くらつまろが現れ、「足場をこわし、人を退かせ、まじめな者を一人だけ籠に乗せ、燕が卵を産むすきに綱で引き上げて、さっと貝を取らせるのがよい」と策を授ける。やがて中納言は待ちきれず、自分で籠に乗って引き上げられ、燕が尾を上げて回るときに手探りして「何かをつかんだ、降ろせ」と叫ぶ。家来が急いで綱を引きすぎて綱が切れ、中納言は大釜の上にあおむけに落ちて腰を打つ。ようやく手を開くと、握っていたのは貝ではなく燕の古い糞だった。「ああ、何の甲斐(かい)もないことよ」と嘆いたことから、「かひなし」という言葉ができたという。寝込んだ中納言にかぐや姫が見舞いの歌を贈り、中納言は返歌を書き終えると息絶える。かぐや姫は少し気の毒に思い、それ以来うれしいことを「かひあり」と言うようになった、と結ばれる。

主題かぐや姫の難題に挑む貴公子たちの失敗譚の一つで、欲とあせりから滑稽な失敗をする中納言の姿を、笑いをまじえつつ描く。同時に、つかんだのが糞だったという落差から「かひなし(甲斐なし)」、その死後にかぐや姫が心を動かされたことから「かひあり(甲斐あり)」という言葉が生まれたとする語源説話(言葉遊び)を物語の核に据え、和歌の掛詞「貝/甲斐」「松/待つ」と一体化させている点が主題。求婚者の真剣さゆえの哀れさと、貴族の高慢さへの風刺も込められている。

背景:『竹取物語』は平安時代前期(九世紀末~十世紀初め頃)に成立したとされる、現存最古の作り物語(つくりものがたり)。作者は未詳。かぐや姫が五人の貴公子に「仏の御石の鉢」「蓬莱の玉の枝」「火鼠の皮衣」「龍の頸の玉」「燕の子安貝」という入手不可能な宝物を求め、それぞれが失敗する構成になっている。「子安貝」は安産のお守りとされた貝で、当時、燕が産むという俗信があったらしい。各難題には貴族の名や言葉の由来(地口・語源説話)が巧みに織り込まれており、本段の「かひなし」「かひあり」もその一例。求婚者たちのモデルを実在の貴族に求める説もある。

確認クイズ(3問)

中納言石上麻呂足が、籠に乗って引き上げられたとき、実際に手に握っていたものは何でしたか。

子安貝ではなく、燕がしておいた古い糞(ふん)でした。

「かひなし」「かひあり」の「かひ」には二つの意味が掛けられています。何と何ですか。

子安貝の「貝」と、効果・ねうちを表す「甲斐」の二つです。

かぐや姫の歌「年を経て波立ち寄らぬ住の江のまつかひなしと聞くはまことか」の「まつ」には、どんな掛詞が用いられていますか。

住の江の名所である「松」と、「待つ」が掛けられています。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「かひなし」「かひあり」の語源説話が問われやすい。『貝』と『甲斐』の掛詞、そして物語のオチ(糞をつかむ=甲斐がない/死後に同情される=甲斐がある)の対応を説明できるように。
  • くらつまろの会話文に出る敬語(申す・たまふ)の種類と方向(誰が誰を敬うか)を問う設問。会話の話し手・聞き手をおさえる。
  • 和歌の掛詞・縁語(かひ=貝/甲斐、まつ=松/待つ、住の江・波)を指摘させる問題。歌枕『住の江』も合わせて確認。
  • 「燕のまり置ける古糞を握りたまへるなりけり」の品詞分解(存続『り』+断定『なり』+詠嘆『けり』)と、『~なりけり』の発見・詠嘆の訳し方。
  • 『たばかる』『まめなり』『あはれなり』など、現代語と意味がずれる古語の語意を問う問題。

8. まとめ

・中納言石上麻呂足は、くらつまろの策をもとに燕の子安貝を取ろうとするが、自分で籠に乗って失敗し、つかんだのは古い糞だった。

・綱が切れて大釜の上に落ち、腰を打って寝込み、やがて死んでしまう、笑いと哀れの入りまじった結末。

・「貝/甲斐」の掛詞を軸に、『かひなし(甲斐なし)』『かひあり(甲斐あり)』という言葉の語源を説く語源説話になっている。

・かぐや姫と中納言の和歌には『貝/甲斐』『松/待つ』の掛詞と『住の江・波』の縁語が用いられ、物語のオチと響き合う。

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