1. はじめに
『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』は鎌倉時代に橘成季(たちばなのなりすえ)がまとめた、約700話の説話集です。この「能は歌詠み」は、花園の左大臣の家に新しく仕えはじめた一人の侍が、和歌の機知(きち)で主人や女房たちをうならせる、ちょっと痛快なお話です。
最大の読みどころは、侍が詠んだ和歌の言葉づかいです。「はたおり」という語が〈機織り(はたおり=布を織ること)〉と〈はたおり(=きりぎりす・秋の虫)〉の二つの意味をかけており、はじめは季節はずれと笑われたのに、最後まで聞くと見事に秋の歌になっている――この「掛詞(かけことば)」と「縁語(えんご)」の技を味わうのが学習のねらいです。
2. 原文
花園の左大臣の家に、初めて参りたりける侍の、名簿(みやうぶ)の端書きに、「能は歌詠み」と書きたりけり。
大臣、秋の始めに、南殿(なんでん)に出でて、はたおりの鳴くを愛しておはしましけるに、「下格子(しもがうし)に、人参れ」と仰せられけるに、この侍参りたるに、「ただ今は、よきたよりぞ。なんぢ、歌詠みな。このはたおりの鳴くを題にて、一首つかうまつれ」と仰せられければ、
「青柳の みどりの糸を 繰りおきて 夏へて秋は はたおりぞ鳴く」 と詠みたりければ、
御感(ぎよかん)ありて、萩織りたる御直垂(おんひたたれ)を、押し出だして賜はせけり。これも、寛平(くわんぴやう)の歌合に、「春霞 かすみていにし 雁がねは 今ぞ鳴くなる 秋霧の上に」と、友則が詠めるをまねびたるなり。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
花園の左大臣の家に、初めて出仕した侍が、(主人に提出する)名簿(=自分の名を記した文書)の端書きに、「得意なことは歌を詠むことです」と書いた。
左大臣が、秋の初めに南殿(御殿の建物)にお出ましになって、はたおり(=きりぎりす)の鳴く声を愛でていらっしゃったときに、「格子を下ろしに、誰か参れ」とおっしゃったので、この侍が参上したところ、「ちょうどよい機会だ。お前は歌詠みだったな。このはたおりの鳴くのを題にして、一首詠み申し上げよ」とお命じになったので、
「青柳の緑の糸を繰り(巻き)ためておいて、夏を過ごして秋になった今は、その糸で機を織る――いや、はたおり(きりぎりす)が鳴いていることだ」 と詠んだので、
(左大臣は)たいそう感心なさって、萩の模様を織り出したお直垂を、(御簾の下から)押し出してお与えになった。この歌も、(実は古い)寛平の歌合で、「春霞にかすんで去って行った雁が、今、鳴いて(帰って)来ているよ、秋霧の上で」と友則が詠んだ歌をまねたものである。
4. 重要語句
- 能(のう)…得意なこと。才能・技芸。「能は歌詠み」で『得意なのは和歌を詠むことです』の意。
- 名簿(みやうぶ)…主君に仕えるとき差し出す、自分の名を記した文書。
- 端書き(はしがき)…文書のはしに書き添えた言葉。追記。
- 南殿(なんでん)…貴族の邸宅や宮中の正殿。表向きの建物。
- はたおり…①きりぎりす(秋に鳴く虫)。②機織り(はたを織ること)。この歌では両方の意味をかけている。
- 愛す(あいす・めづ)…(風物などを)味わい楽しむ。賞美する。ここでは虫の声を愛でる意。
- おはします…「あり・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる。
- 仰せらる…「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。お命じになる。
- つかうまつる…「す・行ふ」の謙譲語。〜し申し上げる。ここは『(歌を)お詠み申し上げる』。
- 御感(ぎよかん)…貴人が感心すること。お褒め。
- 直垂(ひたたれ)…当時の上着(衣服)の一種。ここでは褒美として与えられた。
- まねぶ…まねる。手本にする。先例にならう。
5. 文法・読解のポイント
- 敬語の方向(尊敬語)…「おはしましける」「仰せられければ」「賜はせけり」「御感ありて」は、いずれも左大臣(貴人)への敬意を表す尊敬語・尊敬表現。作者から左大臣への敬意。
- 敬語の方向(謙譲語)…「参りたりける/参りたる」「つかうまつれ」は謙譲語。侍の動作をへりくだって述べ、相手(左大臣)への敬意を示す。誰から誰への敬意かを問われやすい。
- 掛詞(かけことば)「はたおり」…結句「はたおりぞ鳴く」の『はたおり』が〈機織り(布を織ること)〉と〈はたおり(きりぎりす=秋の虫)〉の二つの意味をかける。歌全体の眼目。
- 縁語(えんご)…「糸」「繰り(おきて)」「(はた)織り」は機織りに関係する語を連ねた縁語。「青柳のみどりの糸」も柳の細い枝を糸に見立てた表現。
- 係り結び…「はたおりぞ鳴く」は係助詞「ぞ」の結びで連体形「鳴く(カ行四段の連体形)」。強意を表す。友則歌の「今ぞ鳴くなる」も同じく「ぞ」の係り結び。
- 助動詞「たり」「けり(ける)」…「参りたりける」「書きたりけり」は、完了「たり」+過去「けり(連体形ける)」の重なり。過去の事実を語る説話の基本形。
- 趣向の典拠を示す結び…末文「友則が詠めるをまねびたるなり」は、侍の歌が先行の名歌(寛平歌合・紀友則)の趣向をふまえた作だと説明する締め。和歌の教養・本歌取り的発想の理解が問われる。
6. 主題・あらすじ・背景
あらすじ:花園の左大臣の家に新しく仕えた侍が、名簿の端に「得意なのは和歌を詠むこと」と書いた。秋の初め、左大臣がはたおり(きりぎりす)の声を楽しんでいたとき、この侍に「はたおりを題に一首詠め」と命じる。侍は「青柳のみどりの糸を繰りおきて夏へて秋ははたおりぞ鳴く」と詠んだ。「青柳」「糸」など春や機織りを思わせる言葉が並ぶので、はじめは季節はずれに聞こえるが、最後の「はたおりぞ鳴く」で秋の虫の歌だと分かる見事な作。左大臣は感心して、萩を織り出した直垂を褒美に与えた。この歌は、寛平の歌合で友則が詠んだ「春霞かすみていにし雁がね…」の趣向にならったものだった。
主題:機知に富んだ和歌の技(掛詞・縁語)が身分の低い侍の評価を一変させる痛快さ。言葉の二重の意味を味わわせ、和歌の修辞と教養の価値を伝える説話。
背景:『古今著聞集』は鎌倉時代中期(1254年成立)、橘成季が編んだ世俗説話集で、約700話を内容ごとに分類している。和歌・管絃・芸能にまつわる話が多く、本話もその一つ。平安貴族社会では和歌は教養の中心で、掛詞・縁語といった「ことば遊び」の巧みさが高く評価された。「青柳」「糸」「繰る」「織る」は機織りの縁語で春の景物でもあり、当初は季節はずれと笑われかけるが、結句で秋の虫「はたおり」に転じる構成が見事とされる。末尾では、この趣向が寛平の歌合(宇多天皇の頃)の紀友則の歌に由来することも示される。
確認クイズ(3問)
侍が名簿の端書きに書いた「能は歌詠み」とは、どういう意味ですか。
「(私の)得意なことは和歌を詠むことです」という意味。自分の特技を申告したもの。
和歌の「はたおり」には二つの意味がかけられています。それぞれ何ですか。
一つは『機織り(布を織ること)』、もう一つは『はたおり(きりぎりす=秋に鳴く虫)』。これが掛詞になっている。
侍はこの歌を詠んで、左大臣から何を与えられましたか。
感心した左大臣から、萩(の模様)を織り出した直垂(ひたたれ)を褒美として与えられた。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「はたおり」を虫の意味だけ、あるいは機織りの意味だけで取ってしまい、掛詞だと気づけない。両方の意味があるからこそ評価された点をおさえる。
- 「青柳」「糸」など春らしい語に引きずられ、この歌を春の歌だと誤解する。結句で秋の歌に転じる構成が出題の核心。
- 敬語の問題で『誰から誰への敬意か』を取り違える。尊敬語は左大臣への、謙譲語(参る・つかうまつる)も相手=左大臣への敬意である点を区別する。
- 「能」を現代語の『能(のう=能楽)』と読み違える。ここは『得意・才能』の意。
- 末尾の友則の歌が『侍が実際に詠んだ歌』だと誤読する。これは侍の歌の手本(先例)として作者が補足したもの。
8. まとめ
・『古今著聞集』は鎌倉時代の説話集。本話は和歌の機知で侍が認められる痛快な話。
・侍の歌の眼目は「はたおり」の掛詞(機織り/秋の虫)と、「糸・繰り・織り」の縁語。
・春めいた語から始まり結句で秋の歌に転じる構成が見事で、左大臣は直垂を褒美に与えた。
・尊敬語(おはします・仰せらる・賜はす)と謙譲語(参る・つかうまつる)の使い分け、係り結び『ぞ〜連体形』が文法の要点。
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