1. はじめに ― 「大垣」ってどんな場面?
「大垣(おおがき)」は、松尾芭蕉の俳諧紀行文『おくのほそ道』の結び(最後)の章段です。元禄二年(一六八九年)、江戸を発って東北・北陸をめぐった約五か月、二千四百キロにおよぶ長い旅の終わりに、芭蕉は美濃国(みののくに。現在の岐阜県)の大垣に到着します。門人たちは生き返った人に会うかのように喜びますが、芭蕉は休む間もなく、伊勢の遷宮を拝もうと再び舟に乗り、新たな旅へ出発するのです。
2. 原文
露通もこの港まで出で迎ひて、美濃の国へと伴ふ。駒にたすけられて大垣の庄に入れば、曾良も伊勢より来り合ひ、越人も馬をとばせて、如行が家に入り集まる。前川子・荊口父子、その外したしき人々、日夜とぶらひて、蘇生のものにあふがごとく、且つ悦び、且ついたはる。旅の物うさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮おがまんと、また舟にのりて、
蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ
※露通・越人・如行・前川子・荊口父子=いずれも芭蕉の門人。/長月=陰暦九月。/遷宮=伊勢神宮の式年遷宮(神殿を造り替えて神体を移す行事)。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
露通もこの(大垣の)港まで出迎えに来てくれて、美濃の国へと連れ立って行く。馬に助けられて大垣の庄に入ると、曾良も伊勢から来て合流し、越人も馬を走らせて駆けつけ、如行の家にみなが集まる。前川子・荊口父子、そのほか親しい人々が、昼も夜も訪ねてきて、まるで生き返った人に会うかのように、喜んだり、いたわったりしてくれる。旅の疲れもまだ抜けないうちに、九月六日になったので、伊勢の遷宮を拝もうと、また舟に乗って――
(句)蛤のふたと身が分かれるように、親しい人々と別れて、私は二見(ふたみ)へと旅立っていく。折しも、秋もまた過ぎ去ろうとしている。
4. 重要語句・文法のポイント
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 伴ふ | 連れ立って行く・お供をする |
| とぶらふ | 訪ねる・見舞う |
| 蘇生 | 生き返ること |
| 且つ〜且つ〜 | 一方では〜し、また一方では〜する |
| 物うさ | けだるさ・つらさ |
| 長月 | 陰暦九月(今のおよそ十月ごろ) |
文法・表現のポイント
① 「駒にたすけられて」の「られ」=受身 助動詞「らる」の連用形。馬の力に「助けられる」側として述べているので受身です。
② 「馬をとばせて」の「せ」=使役 助動詞「す」の連用形。「馬を走らせて」、つまり急いで駆けつけたことを表します。①の受身と並んで問われやすい対比ポイントです。
③ 「いまだやまざるに」=漢文訓読由来の言い方 「いまだ〜ず」は再読文字「未」にあたる表現です。「ざる」は打消「ず」の連体形で、下の「に」(逆接の接続助詞)に続きます。
④ 「おがまんと」の「ん(む)」=意志 「(遷宮を)拝もう」という芭蕉の意志を表します。
⑤ 発句の掛詞 「ふたみ」には伊勢の地名「二見(浦)」と蛤の「蓋・身」、「わかれ」には人々との「別れ」と蛤の蓋と身が「分かれ」ることがかけられています。季語は「行く秋」(秋)。句末の「ぞ」は強意・詠嘆で、過ぎゆく秋と別れへの感慨を強めています。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじ
長い旅を終えて大垣に着いた芭蕉を、露通・曾良・越人ら門人たちが次々と出迎え、「生き返った人に会うようだ」と喜び、いたわります。しかし芭蕉は、旅の疲れも癒えないまま、九月六日には伊勢神宮の遷宮を拝むため、また舟に乗って旅立ちます。その別れの場面で詠まれたのが「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」です。
主題
旅の「終わり」が、そのまま次の旅の「始まり」になっていることです。『おくのほそ道』は「月日は百代の過客にして」と、人生を旅ととらえる考えで始まりますが、結びでも芭蕉は立ち止まりません。終わりと始まりが重なるこの構成に、旅に生きる芭蕉の姿勢が表れています。あわせて、蛤の蓋と身のように引き裂かれる人々との別れの情も、句に深く込められています。
背景
『おくのほそ道』は江戸時代、元禄二年(一六八九年)の旅をもとにした俳諧紀行文です。芭蕉は門人の曾良を伴って江戸の深川を発ち、東北・北陸をめぐって大垣で旅を結びました。大垣は「奥の細道むすびの地」として現在も知られています。冒頭の「旅立ち(漂泊の思ひ)」の章段と対にして出題されることも多いので、あわせて確認しておきましょう。
確認クイズ(3問)
Q1. 「ふたみ」にかけられている二つの意味の組み合わせとして正しいものはどれか。
ア 地名の「二見」と蛤の「蓋・身」 イ 「再び見る」と「二人」 ウ 「蓋」と「海」
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正解:ア 解説:これから向かう伊勢の「二見(浦)」と、蛤の「蓋」と「身」がかけられた掛詞です。蛤の蓋と身が分かれることに、人々との別れを重ねています。
Q2. 「越人も馬をとばせて」の「せ」の文法的意味はどれか。
ア 尊敬 イ 使役 ウ 受身
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正解:イ 解説:使役の助動詞「す」です。「馬を走らせて」急いで駆けつけた、という意味になります。「駒にたすけられて」の受身「らる」との区別がテストの定番です。
Q3. 『おくのほそ道』の旅に、作者の弟子として同行した人物は誰か。
ア 露通 イ 如行 ウ 曾良
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正解:ウ 解説:曾良は江戸からの旅に同行した門人で、本文でも「曾良も伊勢より来り合ひ」と大垣で合流しています。露通・如行は大垣周辺で芭蕉を迎えた門人です。
まとめ
・「大垣」は『おくのほそ道』の結びの章段。約五か月の旅の終着点。
・門人たちは「蘇生のものにあふがごとく」芭蕉との再会を喜んだ。
・芭蕉は休む間もなく、伊勢の遷宮を拝もうとまた舟で旅立つ。旅の終わりが次の旅の始まりになっている。
・「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」――「ふたみ」「わかれ」は掛詞、季語は「行く秋」。
・「たすけられて」(受身)と「とばせて」(使役)の区別が文法の頻出ポイント。


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